第四十六話 『世界線』
地下ライブハウス“VOID”。
薄暗いステージ。
埃を被った機材。
そして。
古いモニターの中で笑う、
404NOTFOUND。
◆
「……白石、遥」
カナタが小さく呟く。
画面の中。
若い遥は、
ステージ袖で何かを叫んでいる。
音声は壊れていて聞こえない。
でも。
その表情だけは、
はっきり分かった。
楽しそうだった。
◆
「……なんで」
ひまりが困惑した声を出す。
「Revisionの人、
ですよね」
澪は黙ったまま、
モニターを見つめていた。
灰青色の瞳が揺れている。
◆
「……知ってたの?」
カナタが小さく聞く。
澪は数秒黙る。
それから。
「……薄々」
小さな返答。
「レイが、
“遥なんだ”
って言ってたから」
静かな空気。
あの体育館。
白いノイズ。
消えていくレイ。
その記憶が、
また胸を締め付けた。
◆
その時。
ブツッ。
古いモニター画面が、
突然ノイズを走らせる。
映像が切り替わる。
◆
深夜。
誰もいないライブハウス。
カメラは固定。
ステージ中央。
ギターを持つ智樹。
マイク前のミカ。
そして。
カメラの向こう側へ、
誰かが言う。
『これ、
本当に大丈夫?』
遥の声だった。
◆
『いけるって』
智樹が笑う。
『感情の波、
もっと広げられる』
『でも、
最近ちょっと変だよ』
『客の反応』
ミカが少し不安そうに言う。
でも。
智樹は笑ったままだった。
『変わるんだよ、
音楽で世界って』
◆
ブツッ。
映像が乱れる。
白いノイズ。
そして。
智樹の顔だけが、
一瞬こちらを向く。
『もし失敗したら』
ノイズ。
『世界ごと――』
そこで映像が止まった。
◆
静寂。
誰も喋れない。
地下ライブハウスの空気だけが、
重く沈んでいた。
◆
「……世界線」
澪が小さく呟く。
カナタが振り向く。
澪は静かにモニターを見る。
「世界って、
一つじゃない」
小さな声。
「感情共鳴が一定以上になると、
世界は分岐する」
風も無い地下空間。
でも。
その言葉だけで、
空気が冷えた気がした。
◆
「……分岐?」
ひまりが眉を寄せる。
澪は小さく頷く。
「可能性の世界」
「本来存在しなかったはずの未来」
「消えた人が生きてる世界」
静かな声。
「404NOTFOUNDは、
その境界を壊した」
◆
「……じゃあ、
今の世界って」
カナタの声が掠れる。
澪は数秒黙る。
そして。
「“選ばれた世界”」
小さく言った。
◆
「本当は、
もっと沢山あった」
「でもERROR以降、
世界は壊れながら再構築された」
白いノイズ。
改変。
消失。
全部が、
少しずつ繋がっていく。
◆
「……じゃあ」
カナタが呟く。
「悠真も、
レイも」
澪の表情が揺れる。
「……別の世界には、
いるかもしれない」
その瞬間。
ひまりが小さく息を呑んだ。
◆
「……それ、
本当に同じ人なんですか」
静かな声。
二人が振り向く。
ひまりは少し俯いていた。
「別の世界で生きてても」
「それって、
今ここにいた人とは違う気がする」
空気が静まる。
◆
澪がゆっくり、
ひまりを見る。
そして。
本当に少しだけ。
「……うん」
優しい声だった。
「多分、
違う」
◆
その瞬間。
カナタの胸が、
少しだけ痛んだ。
“智樹”も。
きっと、
そうなんだと思ってしまったから。




