第四十四話 『UNDEFINED』
雨が降っていた。
◆
夜。
人気のない高架下。
白い街灯。
濡れたアスファルト。
カナタは一人、
イヤホンを握っていた。
再生ボタンは光っていない。
最近、
音を聴くのが少し怖かった。
◆
「……来ると思った」
静かな声。
振り向く。
白石遥。
黒いコート。
雨の中でも、
その表情は変わらない。
◆
「……なんで呼び出した」
カナタが低く言う。
遥は数秒黙る。
それから。
「見せたいものがある」
短い返答。
◆
地下通路を行くと、
古びた防音扉があった。
電子ロックを開ける。
漏れる無機質な光。
遥は迷いなく奥へ進む。
カナタは黙ってついていった。
◆
部屋の中は暗かった。
古いモニターと大量の記録媒体。
ノイズ混じりの波形。
そして。
中央モニターに、
一つの文字列が表示される。
【404NOTFOUND / UNDEFINED】
その瞬間。
頭の奥で、
小さなノイズが鳴った。
◆
「……これは」
「404NOTFOUND最後のライブ記録」
遥が静かに言う。
「正式には存在しないデータ」
画面が暗転する。
ノイズと歓声。
そしてライブ映像。
◆
巨大なドーム。
赤紫のライトが照らす。
凄まじい観客の歓声。
ステージ中央にはメンバー。
黒瀬ミカ。
ギターを構える智樹。
そして。
背後スクリーン。
【UNDEFINED】
「っ……!」
カナタの呼吸が一瞬止まる。
知らないはずなのに。
知っている。
指の感覚。
ステージの熱。
歓声。
全部。
身体だけが覚えていた。
◆
『――』
ミカの歌声。
その瞬間。
空気が揺れる。
観客の歓声が、
一瞬で変質する。
泣き出す人。
笑う人。
崩れ落ちる人。
感情が、
空間全体で暴走していた。
◆
「……これが、
404NOTFOUND」
遥の声が静かに響く。
「感情共鳴による、
大規模世界改変現象」
映像の中。
ステージ照明が、
白いノイズへ変わっていく。
観客席の輪郭が揺らぐ。
そして。
世界そのものが、
少しずつ崩れ始めていた。
◆
「……なんなんだよ、
これ」
カナタの声が掠れる。
遥はモニターを見たまま、
小さく言った。
「ERRORの始まり」
静かな声。
「今の世界は、
あの日以降、
ずっと壊れ続けてる」
◆
ノイズと歓声。
UNDEFINEDの演奏が続く。
その中で。
カナタの視界へ、
断片的な記憶が流れ込む。
深夜のスタジオ。
笑い声。
ミカ。
誰かの「いける」という声。
そして。
“世界を書き換えられる”
という確信。
「っ……!」
頭痛。
膝が揺れる。
◆
「……無理に思い出さなくていい」
遥が小さく言う。
「今の君は、
永瀬カナタだから」
その言葉が、
レイの最後の声と重なる。
◆
「……なんで」
カナタが呟く。
「なんでみんな、
そう言うんだよ」
遥は少しだけ目を伏せる。
雨音だけが響く。
「戻った先にあるのは、
後悔だけだから」
その声だけは
優しく聞こえた。
◆
その時。
モニター映像の中。
UNDEFINEDの演奏が、
クライマックスへ入る。
渦巻く歓声。
白いノイズ。
崩れていく世界。
そして。
ステージ中央で。
智樹が、
一瞬だけこちらを見た。
◆
「――っ!?」
カナタは息を飲む。
目が合った。
映像の中の智樹と。
その瞬間。
頭の奥へ、
はっきりと声が響く。
『まだ、
終われない』
白いノイズ。
視界が揺れる。
そして。
モニターが、
突然ブラックアウトした。
◆
静寂。
雨音だけが響く。
暗くなった画面の中へ、
カナタ自身の顔が映っていた。
まるで。
“永瀬カナタ”と“智樹”が、
同じ輪郭を共有しているみたいに。




