第四十三話 『白石遥』
澪を追いかけたのは、
ほとんど反射だった。
◆
夕暮れの校舎裏。
人気のない渡り廊下。
澪はその先で立ち止まっていた。
そして。
その向こう。
黒いジャケット。
長い黒髪。
白石遥。
◆
空気が張り詰める。
澪の表情は硬い。
遥は静かだった。
でも。
その瞳だけ、
少し疲れて見えた。
◆
「……何しに来たの」
澪が低く言う。
遥は数秒黙る。
それから。
「確認」
短い返答。
「同期残響の観測」
「……まだ監視続ける気?」
「必要だから」
淡々とした声。
でも。
その奥に、
微かな迷いが混ざっていた。
◆
「朝霧」
カナタが声をかける。
澪が振り向く。
その瞬間。
遥の視線も、
カナタへ向いた。
冷たい瞳。
文化祭の時みたいな敵意は、
少し薄れていた。
◆
「……永瀬カナタ」
静かな声。
「体調は」
「は?」
「記憶欠落、
進行してない?」
空気が止まる。
カナタは眉を寄せる。
「……なんで分かる」
「改変反動だから」
即答だった。
◆
風が吹く。
夕焼け。
遠くで運動部の声。
普通の放課後。
それなのに、
ここだけ別の世界みたいだった。
◆
「……Revisionって、
何なんだよ」
カナタが低く聞く。
遥は少しだけ目を伏せる。
「世界を維持する側」
静かな声。
「改変によって発生した歪みを、
修正する」
「修正?」
「存在の矛盾。
記憶汚染。
感情同期。
世界線干渉」
淡々とした言葉。
「全部放置すると、
世界が崩壊する」
◆
「……だから、
消すのか」
カナタが言う。
遥の表情が、
ほんの少しだけ揺れる。
「好きでやってるわけじゃない」
その声だけ、
少し苦かった。
◆
「……レイも?」
空気が止まる。
澪が目を伏せる。
遥は数秒黙ったまま、
何も言わなかった。
でも。
その沈黙だけで、
十分だった。
◆
「……あの人、
本当は消えるはずじゃなかった」
遥が小さく言う。
カナタの呼吸が止まる。
「能力停止だけなら、
記憶が消えるだけだった」
「でも」
遥は静かに空を見る。
「天音レイは、
普通の存在じゃなかった」
夕陽が、
その横顔を赤く染めていた。
◆
「……黒瀬ミカ」
澪が小さく呟く。
その瞬間。
遥の瞳が揺れる。
「……そこまで気づいてたんだ」
空気が静まる。
◆
「レイは…
404NOTFOUNDの残響だった」
遥が静かに言う。
「世界改変で消えた黒瀬ミカが、
別の形で再構築された存在」
カナタの頭の奥で、
白いノイズが鳴る。
歓声。
ライブ。
歌声。
そして。
白いライトの中で笑う、
レイの姿。
◆
「……なんなんだよ、
404NOTFOUNDって」
カナタの声が掠れる。
遥は少しだけ目を伏せた。
それから。
「世界を壊したバンド」
「でも同時に、
誰より音楽を愛してた」
風が吹く。
夕焼けの光が揺れる。
「だから最悪だった」
◆
沈黙。
誰もすぐには喋れない。
その時。
遥が小さく呟いた。
「……本当は」
初めてだった。
遥が、
少しだけ感情を見せたのは。
「もう二度と、
同じ事を繰り返したくなかった」
その声だけ、
ひどく悲しく聞こえた。




