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第四十二話 『消えた歌』



 天音レイの名前は、

 もうほとんど残っていなかった。


     ◆


 放課後の教室。


「最近おすすめの曲ある?」


「んー……」


 そんな普通の会話。


 カナタだけは、

 妙な違和感を覚えていた。


 少し前までは、SNSも街頭ビジョンも、

 レイの歌で溢れていたはずなのに。


 今は誰もその名前を口にしない。


     ◆


 スマホを開く。


【天音レイ】


 検索。


 読み込み。


 そして。


【検索結果はありません】


「……っ」


 呼吸が止まる。


 少し前までは、

 確かに存在していた。


 MV。


 ライブ映像。


 SNS。


 全部。


 今はどこにも残っていない。


     ◆


「……カナタ」


 澪だった。


 屋上前の階段。


 最近、

 二人は自然とここへ集まるようになっていた。


 澪は隣へ座る。


 触れそうで触れない近い距離。


 そんな曖昧な距離感。


     ◆


「……消えてる」


 カナタが小さく言う。


 スマホ画面を見せる。


 澪は静かに目を伏せた。


「……うん」


「なんでだよ」


 声が少し掠れる。


「確かにいたじゃん」


「歌ってたじゃん」


「俺、

 覚えてるのに」


 澪は何も言わない。


 ただ。


 静かにカナタの隣へ座っていた。


     ◆


「……改変で消えた存在は」


 澪が小さく言う。


「時間が経つと、

 世界が辻褄を合わせ始める」


 風が吹く。


 白い空。


「記録も、

 記憶も、

 少しずつ消えていく」


 静かに語る。


 それはあまりにも残酷な事実だった。


     ◆


「じゃあ」


 カナタが呟く。


「そのうち俺も、

 忘れるのか」


 空気が止まる。


 澪の指先が、

 ほんの少しだけ震えた。


     ◆


「……分かんない」


 小さな声。


「でも」


 澪はゆっくり、

 カナタを見る。


「忘れてほしくない」


 その言葉だけ、

 少し感情が滲んでいた。


     ◆


 沈黙。


 風の音。


 遠くの電車の走行音。


 その静かな時間が、

 妙に心地よかった。


     ◆


「……朝霧」


「なに」


「お前、

 最近ちゃんと寝てる?」


 澪が少しだけ目を逸らす。


「……寝てるよ」


「嘘だ」


「……」


 その反応だけで、

 十分だった。


     ◆


 カナタは少し迷ってから、

 鞄を漁る。


 炭酸の缶。


【シュワシュワサイダー】


「飲む?」


 澪が少しだけ目を見開く。


 それから。


 本当に少しだけ笑った。


「……飲む」


     ◆


 プシュッ。


 炭酸の音。


 二人で並んで缶を傾ける。


 何気ない時間。


 カナタは思ってしまう。


 こういう時間まで、

 いつか消えるんじゃないかと。


     ◆


 その時。


 澪のスマホが小さく震えた。


 画面には


【UNKNOWN】


 澪の表情が、

 一瞬だけ強張る。


「……朝霧?」


 澪は数秒黙る。


 それから。


 静かに立ち上がった。


「……ごめん」


「ちょっと行ってくる」


 その横顔だけ、

 ひどく不安そうだった。


     ◆


 カナタは、

 遠ざかる澪の背中を見る。


 白いカーディガン。


 細い肩。


 そして一瞬だけ。


 夕陽の中で、

 その輪郭が少し透けた気がした。

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