第四十一話『欠けた世界』
文化祭ライブから、
三日が過ぎていた。
◆
学校は、
妙な静けさに包まれていた。
文化祭の熱気は消えた。
Blue Noiseの噂も、
もうほとんど話題になっていない。
まるで。
あの日の出来事そのものが、
薄れていくみたいだった。
◆
カナタだけは、
まだあの光景を忘れられなかった。
白いノイズ。
レイの声。
崩れていく輪郭。
『あなたは、
永瀬カナタだから』
その言葉だけが、
頭の奥へ残り続けている。
◆
放課後。
屋上前の階段。
カナタは一人で座っていた。
ギターケースもない。
イヤホンもない。
最近、
音楽を聴けなくなっていた。
◆
「……あ、いた」
ひまりだった。
白いパーカー。
少し眠そうな顔。
無理に明るくしてるのが、
なんとなく分かった。
「またここですか」
「悪いかよ」
「別にー」
ひまりは隣へ座る。
少しだけ距離を空けて。
◆
沈黙。
風の音。
遠くの運動部の声。
普通の放課後。
何かが決定的に欠けていた。
◆
「……ね、先輩」
ひまりが小さく言う。
「最近、
ギター触ってます?」
カナタは答えない。
その反応だけで、
十分だった。
◆
「……そっか」
ひまりは少し笑う。
でも。
かなり寂しそうだった。
「じゃあ今、
世界で一番悲しんでるの、
ギターかもしれないですね」
「なんだそれ」
少しだけ。
本当に少しだけ。
カナタが笑う。
ひまりはその顔を見て、
安心したみたいに息を吐いた。
◆
「……ありがとうございます」
「何が」
「今、
ちょっとだけ普通に笑ったから」
その言葉に、
カナタは何も返せなかった。
◆
その時。
階段の上。
澪が静かに立っていた。
白いカーディガン。
その姿は、
前より少しだけ薄く見えた。
◆
「……朝霧?」
カナタが立ち上がる。
澪は数秒黙ったまま、
こちらを見る。
灰青色の瞳。
疲れている。
いや、それ以上に、
どこか怯えていた。
「……レイの事」
小さな声。
「覚えてる?」
空気が止まる。
◆
「……は?」
ひまりが眉を寄せる。
「誰ですかそれ」
その瞬間。
カナタの呼吸が止まった。
「……え」
「レイって?」
ひまりの表情に、
演技は無かった。
本当に知らない顔をする。
◆
「……そんな」
澪の声が震える。
カナタの頭の奥へ、
白いノイズが走る。
レイ。
天音レイ。
確かに存在していた。
圧倒的な歌声。
白いライト。
最後の言葉。
なのに。
世界から、
もう零れ落ち始めている。
◆
風が吹く。
階段の静寂。
その中で。
澪だけが、
ひどく苦しそうな顔をしていた。
「……もう始まってる」
小さな声。
「世界が、
レイを消そうとしてる」




