第四十話『白い残響』
体育館の空気が、
一瞬で変わった。
◆
白いライト。
静寂。
そして。
天音レイ。
灰色のパーカー。
長い黒髪。
白いノイズの中へ、
静かに立っている。
その姿は、
現実から少し浮いて見えた。
◆
「あなたは、
まだ消えちゃだめ」
レイの声が、
静かに響く。
その瞬間。
カナタの頭の奥で、
またノイズが弾けた。
歓声。
ドーム。
ステージ。
404NOTFOUND。
黒瀬ミカ。
『智樹』
「っ……!」
視界が揺れる。
でも。
今回は違った。
断片だった記憶が、
少しずつ繋がり始めている。
◆
「……レイ」
澪が小さく呟く。
灰青色の瞳が揺れる。
恐怖。
困惑。
そして。
確信に近い違和感。
目の前の存在が、
“ただの人間じゃない”
と理解してしまっていた。
◆
「天音レイ」
白石遥が静かに名前を呼ぶ。
体育館後方。
黒いスーツ姿のRevisionメンバーたちが、
一斉に警戒態勢へ入る。
「……介入対象を確認」
冷たい声。
でも。
遥の瞳は、
わずかに揺れていた。
◆
「どいて」
遥が静かに言う。
「これ以上同期が進めば、
本当に戻れなくなる」
レイは答えない。
ただ。
真っ直ぐカナタを見る。
その視線だけが、
ひどく苦しそうだった。
◆
「……まだ、
思い出しちゃだめ」
小さな声。
「あなたが戻ったら、
また世界が壊れる」
空気が止まる。
「……戻るって、
何なんだよ」
カナタの声が掠れる。
レイは少しだけ目を伏せる。
その横顔が、
今にも泣きそうに見えた。
◆
「あなたは、
永瀬カナタだから」
静かな声。
「智樹じゃない」
その瞬間。
遥の表情が、
わずかに揺れた。
◆
「……もう限界」
遥が小さく呟く。
次の瞬間。
Revisionメンバーが、
一斉に前へ出た。
拘束具。
黒いケース。
無機質な動き。
そして。
遥が、
拳銃のようなデバイスを取り出す。
空気が凍る。
◆
「待って!!」
澪の声が響く。
でも。
遥は止まらない。
「これは殺傷用じゃない」
静かな声。
「改変能力を停止するだけ」
体育館の空気が張り詰める。
「撃たれた対象は、
能力と記憶を失う」
その説明に、
カナタが息をのむ。
◆
「……やめろよ」
小さな声。
でも。
遥は真っ直ぐカナタを見る。
「このままだと、
君は戻ってしまう」
その言葉だけ、
少し苦しそうだった。
◆
「ごめん」
遥が呟く。
そして。
デバイスが、
真っ直ぐカナタへ向けられる。
その瞬間。
レイの表情が変わった。
「――だめ!!」
◆
乾いた音。
白い閃光。
次の瞬間。
レイが、
カナタを突き飛ばしていた。
「……っ!」
床へ倒れ込む。
視界が揺れる。
そして。
白い光の中心で。
レイの身体だけが、
静かに止まっていた。
◆
「……嘘、だろ」
カナタの声が掠れる。
でも。
返事はない。
その代わり。
レイの輪郭が、
白いノイズへ崩れ始めていた。
「……そんな」
遥の表情が、
初めて大きく揺れる。
◆
「なんで……
あなたが庇うの」
遥の声が震える。
レイは小さく笑った。
「……だって」
白いノイズ。
輪郭が崩れていく。
「この人、
やっと生き直そうとしてるから」
静かな声。
でも。
どこか救われたみたいな顔だった。
◆
「通常対象なら、
記憶が消えるだけなのに……」
遥が呆然と呟く。
その瞬間。
澪が理解してしまう。
レイだけは違う。
この存在そのものが、
“書き換え後の歪み”
だから。
能力の停止。
それはつまり。
存在維持そのものの崩壊。
◆
「……レイ!!」
カナタが叫ぶ。
レイはゆっくり、
カナタを見る。
その瞳だけ、
ひどく優しかった。
「……忘れないで」
小さな声。
「あなたは、
永瀬カナタだから」
白いノイズ。
輪郭が崩れる。
存在が、
少しずつ消えていく。
◆
「待てよ……
まだ……!」
カナタが手を伸ばす。
でも。
届かない。
触れた瞬間。
レイの身体は、
白い光へ変わった。
◆
静寂。
歓声は消えていた。
ノイズも消えた。
体育館全体が、
異様なほど静かだった。
まるで。
世界から、
何か大切な音だけが消えたみたいに。
◆
澪はその場へ崩れ落ちる。
涙が落ちる。
灰青色の瞳が揺れる。
そして。
小さく呟いた。
「……また、
世界が欠けた」




