第三十九話『Blank』
世界が白く染まった瞬間。
音が消えた。
◆
歓声も。
呼吸も。
Blue Noiseも。
全部。
一瞬だけ、
完全に消失した。
◆
「……え」
誰かの声。
遠い。
視界が白い。
輪郭が曖昧。
まるで。
世界そのものが、
読み込みに失敗しているみたいだった。
◆
その中で。
カナタだけが、
別の景色を見ていた。
巨大なドーム。
赤紫のライト。
割れるような歓声。
ステージ中央。
黒瀬ミカ。
そして。
隣でギターを弾く自分。
『智樹』
その名前が、
今度ははっきり聞こえた。
◆
「っ……!」
頭痛。
ノイズ。
知らない記憶が、
一気に流れ込んでくる。
ライブ。
楽屋。
深夜のスタジオ。
笑い声。
ミカ。
遥。
404NOTFOUND。
「……なんだよ、
これ」
呼吸が乱れる。
胸の奥では、
別の感情が膨らみ始めていた。
懐かしい。
帰りたい。
音を鳴らしたい。
世界を書き換えてでも。
◆
「カナタ!!」
澪の声。
現実へ引き戻される。
体育館。
観客たちは混乱していた。
「今の何!?」
「頭痛い……」
「知らない景色見えた……」
泣いている生徒。
座り込む教師。
感情同期が、
完全に暴走しかけていた。
◆
そして。
客席後方。
黒いスーツ姿の集団が、
一斉に動き出す。
Revision。
白石遥が、
静かに前へ出る。
「対象確認」
冷たい声。
【危険改変者反応】
【同期率:97%】
【Blank現象確認】
端末表示。
周囲のRevisionメンバーが、
一斉にカナタを見る。
◆
「……永瀬カナタ」
遥が静かに名前を呼ぶ。
その瞬間。
カナタの頭へ、
またノイズが走る。
『智樹』
『戻ってきて』
『続きをやろう』
知らない声。
なぜか涙が出そうになるほど、
懐かしい。
◆
「……来るな」
澪がカナタの前へ立つ。
白いカーディガン。
震える肩。
その瞳だけは、
真っ直ぐだった。
「この人はまだ、
危険改変者じゃない」
静かな声。
遥は澪を見る。
「朝霧澪。
記憶保持者としての境界劣化を確認」
「……っ」
澪の表情が揺れる。
でも。
引かなかった。
◆
「どいて」
遥が静かに言う。
「このままだと、
同期が街全体へ広がる」
「だからって!」
澪の声が少しだけ震える。
「全部消せばいいって話じゃない!」
体育館の空気が張り詰める。
◆
その時。
ステージ中央。
ひまりが、
苦しそうに胸を押さえていた。
「……お兄ちゃん」
小さな声。
涙が落ちる。
「なんで、
思い出せそうなのに……」
空気が止まる。
感情共鳴。
消えた記憶。
全部が、
限界まで膨らんでいた。
◆
「……もう時間ない」
遥が小さく呟く。
そして。
Revisionメンバーたちが、
一斉に前へ出る。
拘束具。
黒いケース。
無機質な動き。
◆
その瞬間。
体育館入口。
ブツッ。
白いノイズ。
そして。
静かな歌声。
『――』
全員が振り向く。
灰色のパーカー。
長い黒髪。
天音レイ。
白いライトの中で、
静かに立っていた。
◆
レイは真っ直ぐ、
カナタを見る。
そして一言。
「あなたは、
まだ消えちゃだめ」




