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第三十七話 『文化祭』



 文化祭当日。


 朝から、

 学校は異様な熱気に包まれていた。


     ◆


 模擬店。


 装飾。


 笑い声。


 廊下を埋める人混み。


 一見すれば、

 普通の文化祭。


 でも。


 空気の奥に、

 どこか落ち着かない熱が混ざっていた。


     ◆


「軽音ライブ、

 絶対見た方がいいらしい」


「昨日からずっと話題だよな」


「なんかヤバい曲やるって」


 噂だけが広がっている。


 曲名も知らない。


 誰が作ったのかも知らない。


 でも。


 みんな、

 “行かなきゃいけない気がしてる”。


 その状態が、

 澪には何より怖かった。


     ◆


 体育館裏。


 機材置き場。


 カナタはギターケースへ手を置いていた。


 妙に手が冷たい。


「……緊張してます?」


 ひまりが小さく笑う。


 ステージ衣装代わりの、

 白いシャツ。


 でも。


 その表情にも、

 少し強張りがあった。


「別に」


「絶対嘘です」


 ひまりは笑う。


 その笑顔を見ていると、

 少しだけ落ち着く。


     ◆


「……本当にやるの」


 静かな声。


 澪。


 白いカーディガン。


 今日の顔色は、

 今までで一番悪かった。


「朝霧」


「今ならまだ止められる」


 小さな声。


「もう学校全体、

 同期しかけてる」


 体育館の方を見る。


 歓声。


 期待。


 熱気。


 感情の波。


 全部が、

 一方向へ流れ始めていた。


     ◆


「……でも」


 ひまりが小さく言う。


「逃げたくないです」


 空気が止まる。


 ひまりは少し俯く。


「最近、

 ずっと苦しかったから」


「でも、

 歌ってる時だけ、

 ちゃんと自分でいられる気がするんです」


 その言葉に、

 澪は何も返せなかった。


     ◆


 その時。


 ブツッ。


 小さなノイズ。


 体育館入口付近。


 黒いスーツ姿の人影が見えた。


 無表情。


 耳元の端末。


 こちらを観察している。


「……Revision」


 澪が小さく呟く。


 カナタの胸がざわつく。


 今日はいつもより人数が多い。


 監視。


 観測。


 待機。


 まるで。


 “何かが起きる前提”

みたいに。


     ◆


「次、

 軽音ライブ始まりまーす!」


 体育館から、

 明るいアナウンスが響く。


 歓声。


 拍手。


 熱気。


 その瞬間。


 カナタの頭の奥へ、

 また知らない景色が流れ込む。


 巨大なドーム。


 赤紫のライト。


 無数の観客。


 そして。


 404NOTFOUND。


『――』


 歓声。


 歌声。


 ノイズ。


「っ……!」


 頭痛。


 視界が揺れる。


     ◆


「……カナタ」


 澪の声。


 振り向く。


 灰青色の瞳。


 その表情だけ、

 ひどく苦しそうだった。


「もし、

 何か思い出しても」


 静かな声。


「全部信じちゃだめ」


 空気が止まる。


「え?」


 澪は少しだけ目を伏せる。


「今、

 世界そのものが揺れてるから」


 その言葉が、

 異様に重かった。


     ◆


 その時。


 体育館の照明が落ちた。


 歓声が大きくなる。


 ステージライト。


 白い光。


「……行こう」


 ひまりが小さく笑う。


 その笑顔だけ、

 少し震えていた。


 カナタはギターを握る。


 そして。


 三人は、

 ステージへ向かった。


     ◆


 体育館。


 観客は、

 異様なほど集まっていた。


 立ち見。


 入口付近まで埋まる人影。


 期待。


 熱。


 感情。


 その全部が、

 空間へ満ちている。


 そして。


 客席後方。


 黒いスーツ姿の集団。


 中央。


 白石遥。


 冷たい瞳で、

 ステージを見つめていた。


「……同期開始まで、

 あと少し」


 静かな声。


 その瞬間。


 ステージライトが点灯した。

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