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第三十六話『感情共鳴実験』



 文化祭ライブまで、

 あと三日。


     ◆


 学校の空気は、

 少しずつ熱を帯び始めていた。


「あいつらの曲、

 また聴けるらしいよ」


「リハで泣いた人いたってマジ?」


「なんか、

 空気変になるらしい」


 廊下。


 教室。


 SNS。


 まだ正式な動画も、

 音源も存在しない。


 なのに。


 “文化祭ライブの噂”だけが、

 異様な速度で広がっていた。


     ◆


 しかも奇妙なのは。


 誰も曲名を知らないことだった。


『青いライトの曲』


『軽音のやばいやつ』


『感情持ってかれる歌』


 そんな曖昧な呼ばれ方だけが、

 どんどん拡散していく。


 まるで。


 曲そのものより、

 “感情だけ”が広がっているみたいだった。


     ◆


 昼休み。


 屋上前。


 カナタは階段へ座っていた。


 最近、

 頭痛が増えている。


 歓声。


 ライト。


 知らないライブの記憶。


 断片だけが、

 何度も頭へ流れ込んでくる。


「……智樹」


 無意識に、

 またその名前を口にしていた。


     ◆


「……また言った」


 声がする。


 澪だ。


 白いカーディガン。


 今日は明らかに疲れていた。


「最近、

 境界薄くなりすぎ」


 静かな声。


「Blue Noiseの影響?」


 カナタが聞く。


 澪は小さく頷く。


「あの曲、

 ライブ用の曲になってる」


 風が吹く。


 曇り空。


「イヤホンじゃなくて、

 空間で完成する曲」


 その言葉が、

 妙に重かった。


     ◆


「……そんな大袈裟な」


 カナタが笑う。


 本当は少し言いたいことが分かっていた。


 リハーサルの時。


 空気そのものが、

 揺れていた。


 感情が混ざり始めていた。


「今、

 学校中が待ってる」


 澪が小さく言う。


「ライブそのものを」


「……」


「期待とか熱狂も、

 同期を加速させるから」


 その言葉に、

 カナタは黙る。


     ◆


 一方その頃。


 校舎裏。


 人気のない通路。


 黒いスーツ姿の男女が、

 静かに立っていた。


「感情共鳴指数、

 上昇継続」


「ライブ当日、

 危険域到達予測」


 耳元の端末。


 淡々とした報告。


 そして。


 中央に立つ女性。


 白石遥。


 黒いジャケット。


 冷たい瞳。


     ◆


【対象:永瀬カナタ周辺】


【集団同期発生予測】


【観測継続】


 端末へ表示される文字。


 遥は静かに画面を見る。


「……智樹」


 小さく呟く。


 次の瞬間には、

 もう感情は消えていた。


     ◆


「白石さん」


 部下が声をかける。


「文化祭当日、

 介入許可が下りました」


 静かな空気。


「必要であれば、

 対象拘束も可能です」


 遥は少しだけ目を伏せる。


 数秒。


 それから。


「……まだ早い」


 静かな声。


「観測は続けて」


 その横顔は、

 少し苦しそうだった。


     ◆


 放課後の音楽室。


 Blue Noiseのリハーサル。


 ひまりが歌う。


 カナタがギターを鳴らす。


 その度に。


 空気が揺れる。


 感情が混ざる。


 音が、

 部屋そのものへ染み込んでいく。


     ◆


 そして。


 サビへ入った瞬間。


 ブツッ。


 窓ガラスへ、

 一瞬だけ別の景色が映る。


 巨大なドーム。


 赤紫のライト。


 歓声。


 404NOTFOUND。


 黒瀬ミカ。


 ギターを持つ智樹。


「っ……!」


 カナタの視界が揺れる。


 知らない記憶。


 でも。


 涙が出そうになるくらい、

 懐かしい。


     ◆


「……再現されてる」


 澪が青ざめた顔で呟く。


「え?」


「404NOTFOUNDのライブと、

 同じような空気になってる」


 静かな声。


 そこには明確な恐怖があった。


「このまま文化祭やったら……」


 澪は最後まで言わなかった。


 その続きを、

 誰も聞けなかった。

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