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第三十五話『404』



 リハーサルの翌日。


 学校中が、

 妙に静かだった。


     ◆


「昨日の軽音リハ、

 やばかったらしいよ」


「なんか泣いた人いたって」


「空気変だったよな」


 廊下。


 教室。


 SNS。


 文化祭ライブリハーサルの噂は、

 予想以上の速さで広がっていた。


 しかも。


 みんな少し浮ついている。


 期待。


 熱。


 感情。


 その全部が、

 ゆっくり同期し始めていた。


     ◆


 昼休み。


 屋上前。


 カナタは階段へ座っていた。


 最近、

 頭痛が増えている。


 ライブの残響。


 歓声。


 知らない記憶。


 断片だけが、

 何度も頭へ流れ込んでくる。


「……智樹」


 最近、

 無意識にその名前を口にしてしまう。


 自分でも意味が分からない。


     ◆


「……やっぱりここいた」


 声。


 澪。


 白いカーディガン。


 でも。


 今日は明らかに疲れていた。


「大丈夫か」


「全然」


 即答だった。


 でも。


 少しだけ笑う。


「最近、

 世界うるさすぎる」


 風が吹く。


 曇り空。


「昨日のリハーサル、

 かなり危なかった」


「……そんなにか」


 澪は静かに頷く。


「Blue Noise、

 404NOTFOUNDの曲に近い」


 空気が少し止まる。


     ◆


「……なんなんだよ、

 404NOTFOUNDって」


 カナタが聞く。


 澪は少し黙る。


 それから。


「存在しちゃいけなかった音」


 静かな声。


「でも、

 消えきらなかった」


 その言葉だけが、

 妙に重かった。


     ◆


 その時。


 ブツッ。


 小さなノイズ。


 階段上。


 誰かが立っていた。


 灰色のパーカー。


 長い黒髪。


 天音レイ。


     ◆


 澪の表情が、

 一瞬だけ強張る。


「……やっぱり来た」


 小さな呟き。


 レイは静かに二人を見る。


 その瞳だけ、

 少し疲れていた。


「文化祭ライブ、

 中止にして」


 唐突だった。


「は?」


 カナタが眉を寄せる。


「なんで」


 レイは少しだけ目を伏せる。


「もう同期が始まってる」


「またそれかよ」


「今回は本当に止まらない」


 静かな声。


 でも。


 どこか切実だった。


     ◆


「……Blue Noise、

 危険なのか」


 カナタが聞く。


 レイはゆっくり頷く。


「感情境界を溶かす音だから」


 風が吹く。


 白い空。


「ライブで流したら、

 たぶん街全部へ広がる」


 澪が小さく息を呑む。


 その反応だけで、

 レイが本気だと分かる。


     ◆


「……なんでそんな事分かるんだよ」


 カナタが低く言う。


 レイは数秒黙る。


 それから。


「前にも、

 同じ事が起きたから」


 空気が止まる。


「404NOTFOUNDで」


 その名前が落ちた瞬間。


 頭の奥で、

 白いノイズが弾けた。


 歓声。


 ドーム。


 赤紫のライト。


 そして。


 歌声。


「っ……!」


 頭痛。


 視界が揺れる。


     ◆


 その瞬間。


 レイが、

 カナタの腕を掴んだ。


「まだ思い出さないで」


 初めてだった。


 レイが、

 ここまで感情を見せたのは。


「……え」


「あなたは、

 まだ戻っちゃだめ」


 空気が止まる。


 澪の瞳が揺れる。


 “戻る”。


 その言葉だけ、

 異常に重かった。


     ◆


「……お前、

 誰なんだよ」


 カナタが呟く。


 レイは答えない。


 代わりに。


 小さく目を伏せた。


「……天音レイ」


 静かな声。


「今は、

 それだけでいい」


 でも。


 その言い方だけが、

 まるで。


 別の名前を、

 必死に押し殺しているみたいだった。


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