第三十四話『リハーサル』
文化祭ライブまで、
あと五日。
◆
放課後。
体育館ステージ。
薄暗い照明。
組み途中の機材。
ケーブル。
マイクチェック。
文化祭特有の、
少し浮ついた空気が漂っていた。
「うわ……
なんか本当にライブっぽい」
ひまりが小さく笑う。
でも。
その声は少し緊張していた。
◆
「永瀬くん、
一回音出してもらえる?」
軽音部員が言う。
カナタはギターを肩へ掛ける。
コードを鳴らす。
体育館へ、
心地よい音が広がった。
その瞬間。
空気が少し変わる。
周囲の会話が、
一瞬だけ静かになる。
「……」
軽音部員たちが、
無意識にステージを見る。
最近、
こういう事が増えていた。
◆
「じゃ、
Blue Noise合わせます」
ひまりがマイクを握る。
少し深呼吸。
それから。
『揺れるライト
青い残響』
歌が始まる。
体育館の空気が、
ゆっくり揺れた。
◆
「……っ」
カナタは息を呑む。
音源より、
ずっと危険だった。
ひまりの歌声。
感情。
呼吸。
全部が、
直接空間へ広がっていく。
しかも。
聴いている人間の感情が、
静かに引っ張られている。
笑っていた軽音部員が、
急に黙る。
スマホを見ていた女子生徒が、
いつの間にか涙を流している。
「……やば」
誰かが小さく呟く。
◆
そして。
サビへ入った瞬間。
ブツッ。
体育館のスピーカーが、
一瞬だけ白いノイズを鳴らした。
歓声。
ライト。
大量の観客。
知らないライブの残響。
「っ……!」
カナタの視界が揺れる。
でも。
今回は、
自分だけじゃなかった。
「……え?」
「今なんか……」
周囲の生徒たちも、
ざわついている。
空気が変わる。
感情が混ざる。
知らない記憶が、
空間へ滲み始める。
◆
「止めて!!」
澪の声だった。
体育館入口。
白いカーディガン。
青ざめた顔。
その瞬間。
ひまりの歌が止まる。
静寂。
でも。
空気だけがまだ揺れていた。
◆
「……朝霧?」
カナタが言う。
澪は呼吸を整えながら、
ステージを見る。
「今、
みんな同期しかけた」
静かな声。
でも。
明確な恐怖が混ざっていた。
「……は?」
「感情が混ざり始めてた」
軽音部員たちも、
まだ少しぼんやりしている。
さっきまで泣いていた女子生徒は、
自分でも理由が分からない顔をしていた。
◆
「……そんな大袈裟な」
カナタが言う。
でも。
本当は、
自分も分かっていた。
さっきの空気は異常だった。
Blue Noiseは、
イヤホンで聴くのと違う。
ライブ空間で鳴らした瞬間、
感情の境界が一気に薄くなる。
◆
「だから言った」
澪が小さく言う。
「その曲、
ライブでやっちゃだめ」
ひまりはマイクを握ったまま、
静かに俯いている。
「……でも」
小さな声。
「私、
歌いたいです」
澪の表情が少し揺れる。
「なんで」
「分かんないです」
ひまりは苦しそうに笑う。
「でも、
この曲歌ってる時だけ、
心の穴が埋まる感じするから」
空気が止まる。
◆
その時。
ブツッ。
体育館の照明が、
一瞬だけ白く明滅した。
歓声。
ノイズ。
そして。
カナタの頭の奥へ、
知らない景色が流れ込む。
巨大なドーム。
赤紫のライト。
大歓声。
ステージ中央。
黒髪の少女。
マイク。
そして。
ギターを持つ誰か。
『――智樹』
「っ……!」
頭痛。
視界が揺れる。
その瞬間。
体育館後方。
暗い入口付近へ、
黒いスーツ姿の人影が見えた。
無表情。
こちらを見ている。
そして。
耳元の端末へ、
静かに何かを告げていた。
「……同期率上昇。
危険域到達」




