第二十九話 『天音レイ』
翌日。
街中が、
その話題で持ちきりだった。
◆
「昨日の見た?」
「ライブ映像みたいなやつ」
「またノイズ入ったよな」
教室。
廊下。
SNS。
どこへ行っても、
同じ話ばかり聞こえてくる。
でも。
誰も“本気”では信じていない。
都市伝説。
バグ。
配信事故。
その程度で片付けようとしている。
その方が、
安心できるから。
◆
WAVE。
急上昇タグ。
【#天音レイ】
「……もう名前出てんのかよ」
カナタは思わず呟く。
検索。
動画一覧。
昨夜一瞬だけ映った、
ライブ映像の切り抜きが大量に上がっていた。
白いノイズ。
青白い照明。
歓声。
そして。
長い黒髪の少女。
灰色のパーカー。
マイクを握る姿。
数秒しか映っていない。
なのに。
異様な存在感があった。
◆
「……見ない方がいい」
声。
澪。
窓際。
今日はさらに顔色が悪い。
「なんで」
「感情引っ張られる」
静かな声。
でも、
少し震えている。
「天音レイの音、
強すぎるから」
「……知ってんのか」
澪は少しだけ黙る。
そして。
「たぶん、
カナタが思ってるよりずっと」
それだけ言った。
◆
昼休みの屋上。
風が強い。
空は突き抜けるように晴れている。
カナタはイヤホンを耳へ差し込む。
「……カナタ」
澪が止める。
「やめた方がいい」
「少しだけ」
再生。
ノイズ。
歓声。
観客のざわめき。
そして。
歌声。
『――』
その瞬間。
世界の音が遠くなる。
「……っ」
息が止まる。
上手いとか、
そういう次元じゃなかった。
声そのものが、
直接感情へ触れてくる。
悲しい。
優しい。
苦しい。
懐かしい。
全部同時に流れ込んでくる。
そして。
涙が落ちた。
「……は」
自分でも意味が分からない。
なのに。
止まらない。
「だから言ったのに」
澪が小さく呟く。
その顔も、
少し苦しそうだった。
◆
動画は途中で終わる。
白いノイズ。
ブツッ。
画面停止。
でも。
カナタの胸の奥だけが、
ずっと揺れていた。
「……何なんだよ、
あの歌」
澪は少し空を見る。
「感情共鳴の完成形」
風が吹く。
白い空。
「天音レイの音は、
境界を溶かす」
「境界?」
「人と人の」
その説明だけで、
十分怖かった。
◆
放課後。
駅前。
巨大ビジョン前には、
人だかりができていた。
「また出るらしい」
「天音レイ?」
「マジで実在するの?」
ざわめき。
スマホ。
期待。
熱。
感情が街へ満ちていく。
その瞬間。
ブツッ。
巨大ビジョンが白く染まった。
ノイズ。
歓声。
そして。
青白いライト。
巨大なステージ。
観客の波。
中央。
長い黒髪。
灰色のパーカー。
天音レイ。
今度は、
はっきり映っていた。
静かにマイクを握る。
歓声が消える。
そして。
レイが歌い始めた瞬間。
街全体が静まり返った。
◆
誰も喋らない。
車の音すら遠い。
全員、
ビジョンを見上げている。
歌声だけが響く。
優しく。
静かで。
なのに。
世界の輪郭が揺れる。
カナタの胸が痛む。
知らない景色が、
一瞬だけ脳裏をよぎる。
ドーム。
歓声。
赤紫の照明。
そして。
『智樹』
「……っ」
頭痛。
ノイズ。
視界が歪む。
その瞬間。
隣にいた澪が、
小さく息を呑んだ。
「……嘘」
振り向く。
澪の顔が、
真っ青だった。
灰青色の瞳が、
信じられないものを見るみたいに揺れている。
「……朝霧?」
澪は震える声で、
小さく呟いた。
「なんで……
ここにいるの」




