↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/80

第二十八話『白いノイズ』



 澪の様子がおかしくなり始めたのは、

 『Patch』公開から三日後だった。


     ◆


 朝の教室。


 窓際の席。


 澪はそこにいる。


 ちゃんといる。


 なのに。


 時々、

 輪郭が薄く見える。


「……朝霧?」


 声をかける。


 澪は少し遅れて顔を上げた。


「……ん」


「大丈夫か」


「大丈夫」


 即答するが明らかに顔色が悪い。


 眠っていないみたいな目をしている。


「……最近、

 音がうるさい」


 澪は小さく呟いた。


「音?」


「みんなの感情」


 その言葉が、

 妙に静かで怖かった。


     ◆


 昼休み。


 屋上前。


 澪は階段へ座り込み、

 膝を抱えていた。


 風が吹く。


 曇り空。


 白い光。


「……ここなら、

 少し静かだから」


 小さな声。


 カナタは隣へ座る。


「そんな酷いのか」


 澪は頷く。


「最近、

 境界が薄い」


「境界?」


「自分と他人の感情」


 カナタは言葉を失う。


「悲しい人いると、

 自分も悲しくなるし」


「怒ってる人いると、

 胸痛くなる」


 澪は静かに目を伏せる。


「今、

 街中ずっとノイズがしてる」


 その言葉の意味が、

 少しだけ分かってしまう。


 『Patch』。


 感情。


 共鳴。


 全部、

 繋がっている。


     ◆


「……俺の曲のせいか」


 思わず漏れた。


 澪は少しだけ顔を上げる。


「全部じゃない」


「でも原因ではあるだろ」


 静寂。


 風の音。


 遠くの運動部。


「……カナタの曲、

 人の感情を開いちゃうから」


 澪はゆっくり言う。


「閉じ込めてたもの、

 全部出てくる」


 その曖昧な説明が、

 妙にしっくりきてしまった。


     ◆


 放課後の音楽室。


 今日は誰もいない。


 夕焼けも弱い。


 空が白い。


 澪はピアノの前に座っていた。


 ぽぉん。


 柔らかい音を鳴らす。


 ぽぉん。ぽぉん


 途中で音が止まる。


「……朝霧?」


 澪が鍵盤へ触れたまま、

 動かない。


「おい」


 近づく。


 その瞬間。


 ブツッ。


 澪の輪郭が、

 一瞬だけ白いノイズへ崩れた。


「っ……!」


 カナタの呼吸が止まる。


 でも。


 次の瞬間には戻る。


 普通の澪。


 静かな顔。


「……え」


 澪自身も、

 少し驚いた顔をしていた。


「今の……」


 カナタの声が掠れる。


 澪はゆっくり自分の手を見る。


「……始まったかも」


「何が」


 澪は静かに答えた。


「大規模改変の代償」


     ◆


 空気が冷える。


「……代償?」


「感情共鳴が強くなりすぎると、

 境界が崩れる」


 澪は窓の外を見る。


 白い空。


「記憶保持者から、

 壊れていく」


 心臓が重く沈む。


「……壊れるって」


 澪は少しだけ笑った。


 でも。


 その笑顔は、

 ひどく儚かった。


「たまに、

 自分が誰か分からなくなる」


 その言葉に、

 カナタは何も返せなかった。


     ◆


 その時。


 ブツッ。


 音楽室のスピーカーが、

 突然ノイズを鳴らす。


 白い砂嵐。


 そして。


 微かに女性の歌声。


『――』


 聞き取れない。


 でも。


 悲しい。


 胸が締め付けられる。


 澪が小さく顔を上げる。


「……また来る」


「え?」


「次の残響」


 その瞬間。


 窓ガラスへ、

 一瞬だけ別の景色が映る。


 巨大なライブ会場。


 青白いライト。


 無数の観客。


 ステージ中央。


 長い黒髪の少女。


 灰色のパーカー。


 マイクを握る姿。


 そして。


 歌声。


『――』


 ノイズで聞こえない。


 でも。


 カナタの胸だけが、

 なぜか強く痛んだ。


 ブツッ。


 景色は消える。


 静かな音楽室。


 白い空。


 澪だけが、

 青ざめた顔で呟いた。


「……天音レイ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。