第二十六話『Patch』
配信事故の翌日。
学校は、
妙なくらい静かだった。
◆
「昨日の配信見た?」
「最後やばくなかった?」
「白い画面になったやつ?」
教室のあちこちで、
そんな会話だけが小さく飛び交っている。
でも。
みんな、
どこか興奮していた。
怖がっているのに。
もっと触れたがっている。
その空気が、
少し気持ち悪かった。
◆
スマホ。
WAVE。
【K 配信アーカイブ】
再生数:急上昇
コメント欄。
『最後の声誰?』
『知らない景色見えた』
『泣いた理由分からない』
『Kの曲、
感情に入ってくる』
カナタはスマホを閉じる。
胸の奥が重い。
「……見なきゃよかった」
「でも気になるんですよね」
ひまり。
今日は少し顔色がいい。
でも。
目の奥の表情は、
まだ少し空っぽに見えた。
「先輩、
次の曲作るんですか?」
「……まあ」
「タイトル決まってるんですよね」
ひまりは笑う。
「Patch」
その名前を聞いた瞬間。
教室の空気が、
ほんの少しだけ揺れた気がした。
◆
放課後の音楽室。
夕焼け。
静かな空気。
カナタはノートを開く。
『Patch』
タイトルだけ書かれたページ。
その下へ、
言葉が自然に浮かんでくる。
『欠けた夜を』
ペンが止まらない。
『繋ぎ合わせるように』
頭の奥で、
メロディが鳴る。
静かなピアノ。
少ない音。
でも。
感情だけが深い。
「……また」
気づけば、
澪が後ろに立っていた。
「だから気配消すなって」
「努力する」
絶対しない顔だった。
澪はノートを見る。
『君を忘れない』
その文字を見た瞬間。
澪の指先が、
ほんの少しだけ震えた。
「……その歌詞」
「?」
澪は静かに目を伏せる。
「Revisionっぽい」
「……は?」
意味が分からない。
「なんで歌詞で組織出てくんだよ」
「違う。
言葉の使い方」
澪はノートを見つめたまま言う。
「“欠けたものを繋ぐ”
って、
Revisionがよく使う考え方だから」
カナタは眉を寄せる。
「……知らねえよそんなの」
「うん」
澪は静かに頷く。
「だから怖い」
◆
その時。
スマホが震える。
通知。
非通知メール。
【公開を推奨しません】
本文はそれだけ。
「……またかよ」
削除しようとした瞬間。
画面下へ、
一瞬だけ文字列が表示される。
【Patch同期予測:危険域】
ブツッ。
画面が乱れる。
すぐ戻る。
「……っ」
カナタはスマホを伏せる。
最近、
こういうのが増えすぎている。
◆
夕焼けが少しずつ夜へ変わっていく。
音楽室。
静かなピアノの音。
澪が鍵盤を鳴らしていた。
ぽぉん。
柔らかいコード。
「……なあ」
カナタが小さく言う。
「もし、
曲で誰か傷つくなら」
澪の手が止まる。
「俺、
やめた方がいいのかな」
静寂。
窓の外。
夜の色。
澪は少しだけ考えてから、
静かに答えた。
「……傷つく人もいるのかも」
胸が少し痛む。
「でも」
澪はカナタを見る。
「救われる人もきっといる」
その言葉が、
静かに胸へ残った。
◆
帰り道。
駅前。
巨大ビジョン。
藤崎クロの配信がまた流れている。
『Kってさ、
“感情書き換えてる”よな』
コメント欄。
『分かる』
『次の曲あるの?』
『怖いけど待ってる』
熱が広がっている。
ゆっくりと。
確実に。
その瞬間。
ブツッ。
巨大ビジョンが一瞬だけ白く染まる。
誰も気づかないくらい、
本当に短いノイズ。
でも。
カナタだけは、
はっきり見てしまった。
白い画面の奥。
長い黒髪の少女。
灰色のパーカー。
そして。
こちらを見つめる瞳。
次の瞬間、
映像は戻る。
CM。
雑踏。
普通の夜。
でも。
カナタの胸だけが、
妙にざわついていた。




