第二十五話『夜の配信』
「配信?」
カナタが目を丸くする。
放課後。
音楽室。
夕焼け。
静かな空気。
「Kとして、
一回くらい喋った方がいいんじゃないですか?」
ひまりはスマホを振りながら言う。
「最近コメント、
めちゃくちゃ増えてますし」
確かに。
WAVEの通知は、
もう異常な量になっていた。
『次の曲いつ?』
『生きてる?』
『Kの声聞きたい』
『配信して』
「……別に喋ることないだろ」
「ありますよ」
ひまりは笑う。
「曲作ってる人って、
みんな気になるんです」
その時。
窓際。
澪が小さく口を開いた。
「……やめた方がいいかも」
空気が少し止まる。
「なんで?」
カナタが聞く。
澪は少しだけ迷う。
「今、
カナタの感情、
伝播しやすいから」
「伝播って……」
「声って、
音楽より直接届くことあるし」
澪はどこか不安そうだった。
◆
夜になり、結局
配信はすることになった。
「一時間だけ!」
ひまりが勝手に告知まで出したせいだ。
「……なんでお前が仕切ってんだよ」
「面白そうだし、先輩の才能をもっと世に知らしめたほうがよいかと」
「…最悪だ」
澪は少し離れた場所で、
静かにPC画面を見ている。
配信開始。
【K 配信中】
コメントが一気に流れる。
『きた』
『本物?』
『声若い』
『生きてた』
『夜を越える前に好き』
カナタは少し引いた。
「……こんなに来んのかよ」
「人気者ですね、先輩」
「他人事みたいに言うな」
コメント欄は、
異様な熱量だった。
◆
「曲って、
どうやって作ってるんですか?」
コメント。
「……適当」
『嘘つけ』
『才能型だ』
『Kって何歳?』
『彼女いる?』
「そこ拾わなくていいだろ」
ひまりが笑う。
その時。
『最近、
変な夢見ませんか?』
コメント欄。
流れが少し止まる。
『見る』
『分かる』
『音が消える夢』
『知らないライブ』
『Kの曲流れてる』
空気が変わる。
澪が小さく顔を上げる。
「……カナタ」
少し焦っている様子だ。
◆
「……最近、
世界変じゃないですか?」
誰かのコメント。
その瞬間。
チャット欄が一気に加速する。
『分かる』
『記憶飛ぶ』
『昨日の感覚ない』
『同期障害?』
『怖い』
『でもKの曲聴くと落ち着く』
熱。
不安。
感情。
全部が画面越しに流れ込んでくるみたいだった。
カナタは息苦しくなる。
「……っ」
頭の奥で、
小さなノイズが鳴る。
ブツッ。
配信画面が一瞬だけ乱れた。
『え?』
『今ノイズ入った?』
『怖』
コメント欄が加速する。
その瞬間。
カナタの口から、
無意識に言葉が漏れた。
「……忘れないで」
空気が止まる。
自分でも、
何を言ったのか分からなかった。
コメント欄だけが、
一気に流れ始める。
『何を?』
『え?』
『今鳥肌立った』
『なんか泣きそう』
『やばい』
その時。
ブツッ。
配信音声へ、
別のノイズが混ざった。
白い砂嵐。
歓声。
そして。
微かに女性の歌声。
『――』
澪が立ち上がる。
「カナタ、
配信切って!!」
次の瞬間。
配信画面が完全に白く染まった。
◆
数秒後。
映像は戻る。
既にコメント欄は、
異様な状態になっていた。
『今見えた』
『誰?』
『黒髪の女』
『泣いてる』
『知らない記憶流れた』
『怖い』
『でももっと聴きたい』
カナタの呼吸が浅くなる。
画面の奥。
視聴者数。
ありえない速度で増えていた。
そして。
配信終了直前。
画面右下へ、
一瞬だけ見慣れない文字列が表示される。
【同期率:42%】
ブツッ。
配信は強制終了した。
静寂。
音楽室。
誰もすぐには喋れなかった。
澪だけが、
青ざめた顔で呟く。
「……早すぎる」




