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第二十二話 『残された音』



 そのデータを見つけたのは、

 本当に偶然だった。


     ◆


 放課後。


 音楽室。


 誰もいない教室に、

 夕焼けだけが差し込んでいる。


 カナタは一人、

 PCの前に座っていた。


 『Patch』。


 まだ断片だけの曲。


 コード進行。


 メロディ。


 でも、

 どこか決定的な何かが足りない。


「……違う」


 小さく呟く。


 鍵盤を鳴らす。


 消す。


 また作る。


 最近、

 音楽だけが現実だった。


 その時。


 フォルダ一覧の奥に、

 見覚えのないファイルを見つける。


【Yuma_demo】


「……は?」


 息が止まる。


 クリックする指が震える。


     ◆


 再生。


 ノイズ。


 小さな笑い声。


『録れてる?』


 心臓が跳ねる。


 悠真の声だった。


「……っ」


 椅子から立ち上がりそうになる。


 音源は、

 スマホ録音みたいに雑だった。


 ギターの音。


 アンプノイズ。


 そして。


『そのコードいいな』


 カナタの声。


 間違いない。


 あの日のスタジオ。


 悠真とのセッション。


 世界から消えたはずの時間。


『Kってお前だろ』


『うるせえ』


 笑い声。


 途切れた会話。


 その全部が、

 胸を締め付ける。


     ◆


 ブツッ。


 突然、

 音源が乱れた。


 白いノイズ。


 そして。


 一瞬だけ、

 知らないギターフレーズが混ざる。


「……え」


 巻き戻す。


 もう入っていない。


 気のせいだったみたいに。


 でも。


 今の音。


 どこか懐かしかった。


     ◆


「……何聴いてるの」


 声。


 振り向く。


 澪。


 いつの間にか、

 ドアの前に立っていた。


「……朝霧」


 カナタは少し迷ってから、

 イヤホンを差し出す。


「……これ」


 澪は音源を聴く。


 数秒。


 そのまま動かなくなる。


「……残ってたんだ」


 静かな声。


「普通、

 消えるはずなのに」


「……なんでこれだけ」


 澪はPC画面を見る。


【Yuma_demo】


 夕焼けの光が、

 静かに反射していた。


「感情が強かったからかも」


「感情?」


「音って、

 記録だから」


 またその言葉。


 でも今日は、

 少しだけ意味が分かる。


 悠真は消えた。


 なのに。


 この音だけは、

 確かに残っている。


     ◆


 その時。


 ドアが勢いよく開いた。


「先輩ー!」


 ひまり。


 明るい声。


 ……のはずなのに。


 今日は少し無理してる感じがした。


「……何してるんですか?」


「別に」


「絶対別にじゃない」


 ひまりは机へ近づく。


 PC画面を見る。


【Yuma_demo】


 その瞬間。


 ひまりの動きが止まった。


「……え」


 空気が変わる。


「……なんで」


 小さな声。


 ひまりの瞳が揺れる。


「この名前、

 知ってる気がする」


 カナタと澪が同時に顔を上げる。


「……ひまり」


 ひまりは頭を押さえる。


「なんか……

 苦しい」


 呼吸が浅い。


「思い出せそうなのに」


 その瞬間。


 ブツッ。


 PCスピーカーから、

 突然ノイズが流れる。


 白い砂嵐。


 悠真の笑い声。


 そして。


『ひまり』


 空気が凍る。


 ひまりの目が見開かれる。


「……お兄ちゃん?」


 次の瞬間。


 音源は完全に停止した。


 静寂。


 夕焼け。


 誰も動けなかった。

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