第二十一話 『空白』
悠真が消えてから、
三日が経った。
世界は、
何も変わっていなかった。
◆
「おはよー」
教室。
朝の雑談。
窓の外の曇り空。
全部いつも通り。
相変わらずカナタだけが、
別の場所に立っているみたいだった。
教室後方。
本来なら悠真の席があった場所。
今は、
最初から存在しなかったみたいに、
綺麗に空間が埋まっている。
別の机、別の生徒。
誰も違和感を持たない。
「……っ」
視線を逸らす。
まだ慣れない。
たぶん、
一生慣れない。
◆
授業中。
シャーペンを動かしながら、
無意識に周りを見る。
誰もいない。
いや。
“最初から誰もいない”。
世界はそう認識している。
その時。
ノートの端へ、
無意識に文字を書いていた。
『悠真』
「……」
すぐ消す。
ノートの端に、
芯の跡だけが残った。
◆
昼休み。
屋上前。
カナタは階段へ座り込んでいた。
最近ここばかり来ている。
静かだから。
余計な音が少ないから。
「……いた」
声。
ひまり。
今日は少し元気がない。
「先輩、
またここ」
「悪いかよ」
「悪くないですけど」
ひまりは隣へ座る。
炭酸ジュースの缶。
プシュッ。
小さな音。
「……なんか最近、
変なんです」
静かな声だった。
「何が」
「心が、
ずっと穴空いてる感じ」
カナタは何も言えない。
「なのに、
何を失くしたか分からなくて」
風が吹く。
曇り空。
ひまりは少し笑った。
「私、
変ですよね」
「……違う」
反射的に答えていた。
ひまりが少し驚いた顔をする。
「変じゃない」
その言葉だけ、
妙に強くなる。
ひまりは少しだけ目を細めた。
「……先輩、
最近優しいですね」
「前からだろ」
「いや、
今の方が優しいです」
その言葉が、
少し苦しかった。
◆
放課後。
音楽室。
静かな夕焼け。
ギターを抱えてみるが、
最近はうまく音がまとまらない。
弦を鳴らす。
止める。
また鳴らす。
頭の中に、
言葉だけが浮かぶ。
――消えないで。
「……」
気づけば、
ノートへ書いていた。
『Patch』
その瞬間。
ドアが開く。
澪。
白いカーディガン。
灰青色の瞳。
「……そのタイトル」
「え?」
澪はノートを見る。
『Patch』
数秒、
静止する。
「……朝霧?」
澪は小さく目を伏せた。
「やっぱり、
カナタの音って残るんだね」
「……何だよそれ」
澪は答えない。
代わりに。
静かにピアノの鍵盤へ触れた。
ぽぉん。
柔らかい音。
夕焼けの音楽室へ、
静かに響く。
「……その曲、
たぶん危ないよ」
「またかよ」
「でも、
聴きたい」
その言葉が、
妙に胸に残った。
◆
帰り道。
駅前。
巨大ビジョン。
藤崎クロの配信切り抜きが流れている。
『最近さ、
“消えた記憶”あるやついない?』
通行人たちが足を止める。
コメント欄。
『ある』
『夢変』
『記憶飛ぶ』
『Kの曲聴いてから変』
嫌な空気。
感情の濁り。
その時。
ブツッ。
ビジョンが一瞬だけノイズを走らせる。
白い砂嵐。
ほんの一瞬。
黒い画面の奥に、
誰かのシルエットが映った気がした。
長い黒髪。
マイク。
すぐ消える。
「……っ」
大勢の中、カナタだけが
それに気付き、息を止めていた。




