第十九話 『いない朝』
朝、
目が覚めた瞬間。
妙な静けさを感じた。
嫌な夢を見た気がする。
でも、
内容は思い出せない。
窓の外は曇り空。
スマホを見る。
通知は普通。
SNSも普通。
なのに。
胸の奥は、
ずっとざわついていた。
◆
教室へ入る。
「おはよー」
いつも通りの朝。
何だろう、
何かが足りない。
カナタは席に座りながら、
無意識に教室を見回した。
「……あれ」
誰かがいない。
なのに、
誰がいないのか思い出せない。
その時。
「先輩?」
ひまりが不思議そうに覗き込む。
「どうしたんですか?」
「……いや」
言葉が止まる。
変だ。
ずっと違和感がある。
なのに、
輪郭が掴めない。
◆
授業中。
ノートを開いた瞬間。
カナタの手が止まる。
ページの端。
昨日書いたコード進行。
その横に、
知らない文字があった。
『またな』
「……は?」
誰の字だ?
見覚えはある。
でも思い出せない。
その瞬間。
ブツッ。
頭の奥で小さくノイズが鳴る。
白い砂嵐。
知らないスタジオ。
笑い声。
『永瀬ー』
「っ……!」
頭痛。
教室の音が遠くなる。
「永瀬?」
先生の声で戻る。
「……大丈夫か?」
「……はい」
でも、
全然大丈夫じゃなかった。
◆
昼休み。
屋上前。
カナタは階段に座り込んでいた。
胸の奥が気持ち悪い。
忘れている。
絶対に、
何かを。
「……気づいちゃったんだ」
澪が来る。
白いカーディガン。
灰青色の瞳。
「……朝霧」
澪は静かに隣へ座る。
風が吹く。
「……誰か、
いなくなっただろ」
澪は答えない。
それは…
その沈黙だけで、
十分だった。
「……誰だよ」
喉が詰まる。
「なんで俺、
思い出せねえんだよ」
澪は目を伏せる。
「世界が、
再同期したから」
「……は」
「改変が終わると、
みんな自然に忘れる」
息が止まりそうになる。
「じゃあ俺も?」
「半分くらい」
澪は小さく言う。
「でも、
カナタは残っちゃうから」
残る。
またその言葉。
◆
放課後。
カナタは無意識に、
昨日のスタジオへ向かっていた。
細い路地。
古いビル。
階段を上がる。
静かなスタジオ。
昨日と同じ。
……のはずだった。
「……っ」
壁際。
一本だけ、
ギタースタンドが残っている。
受付の店員が感情を込めずに言う。
「今日も一人ですか?」
心臓が止まりそうになる。
「……昨日、
二人でしたよね」
「え?」
店員は首を傾げる。
「お兄さん、ずっと一人でしたよ?」
頭が真っ白になる。
「……は?」
「いつも一人で利用されてますよね?」
違う。
絶対違う。
昨日、
確かに。
一緒にギターを弾いて。
笑って。
ホームで話して。
『忘れねえよ』
その瞬間。
頭の奥で、
ノイズが弾ける。
『じゃあ安心だ』
「っ……!!」
思い出した。
悠真。
柊悠真。
息が荒くなる。
「……なんで」
受付の店員は困った顔をしている。
「大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない。
世界から、
一人消えている。
なのに。
誰もそれを覚えていない。
◆
夜。
帰り道。
駅前の雑踏。
コンビニの光。
全部いつも通り。
なのに、
カナタだけが、
違う世界に取り残されたみたいだった。
スマホを開く。
連絡先。
“柊悠真”
その名前だけが、
綺麗に消えていた。
そして。
カナタのポケットの中で、
小さく何かが当たる。
取り出す。
赤いギターピック。
悠真が使っていたものだった。
それだけが。
世界に残っていた痕跡だった。




