第十八話『明滅』
ホームの照明が明滅した瞬間の、
小さなノイズ。
あれが、
ずっと頭に残っていた。
◆
翌日。
朝。
空は晴れていた。
なのに、
街の空気は少し重い。
教室へ入る。
「おはよー」
「眠……」
みんな普通に見える。
どこか少しだけ、
感情が鈍い。
まるで昨日の騒ぎを、
無理やり忘れたみたいだった。
「永瀬」
窓際。
澪が小さく手招きする。
「……何」
「昨日、
何かなかった?」
「え?」
「小さいノイズ」
心臓が少し跳ねる。
「……なんで分かる」
「音、
少し揺れてたから」
もう驚かない。
最近は、
その説明で納得してしまう自分がいる。
「……別に、
大したことじゃ」
「大したことあるよ」
澪は静かに言った。
「最近、
ズレ方が変なの」
その言葉が、
妙に引っかかった。
◆
昼休み。
スマホを見る。
WAVE。
通知欄が埋まっていた。
【新曲を待っています】
【次はいつ投稿?】
【Kの曲しか聴けない】
コメント欄。
『夜を越える前に』
の再生数は、
さらに増えていた。
「……なんなんだよ」
ただ曲を投稿しただけだ。
なのに。
最近は、
曲そのものが独り歩きしている感覚がある。
その時。
新着通知。
藤崎クロの配信切り抜き。
【“K”の次の曲、
絶対ヤバい】
嫌な予感しかしない。
◆
放課後。
音楽室。
誰もいない。
窓から夕焼けが差し込んでいる。
カナタはギターを抱えたまま、
静かにコードを鳴らした。
柔らかいアルペジオ。
少し切ない旋律。
最近、
勝手にメロディが浮かぶ。
まるで、既にあるものが、
どこかから流れ込んでくるみたいに。
「……また作ってる」
澪だった。
いつの間にか、
ピアノの前に座っている。
「気配消すなって」
「努力する」
絶対しない顔だった。
澪は静かにギターの音を聴いている。
「……その曲」
「?」
「ちょっと危ないかも」
「危ない曲多すぎだろ」
澪は少しだけ笑う。
でも、
その笑顔は弱い。
「最近、
感情が乗りやすいから」
「感情ってそんなに影響あんのか」
「うん」
澪は窓の外を見る。
夕焼け。
静かな空。
「怒りとか不安って、
広がるの早いから」
藤崎クロの顔が浮かぶ。
あいつの配信。
コメント欄。
最近の空気。
「……俺、
曲上げない方がいいと思う?」
ふと口に出していた。
澪は少し驚いた顔をする。
それから。
「私は、
聴きたい」
静かにそう言った。
「カナタの音、
ちゃんと残るから」
またその言葉。
残る。
最近、
何度も聞いている気がした。
◆
その時。
スマホが震える。
通知。
WAVE。
【『夜を越える前に』
100万再生達成】
「……は?」
空気が止まる。
早すぎる。
完全に異常だ。
しかも。
関連動画欄。
知らない音源が表示されていた。
【404NOTFOUND / ERROR(断片)】
カナタの指が止まる。
「……誰が上げたんだよ」
再生。
ノイズ。
歓声。
数秒だけの古いライブ音源。
そして。
女性の歌声。
『――』
聞き取れない。
でも。
胸の奥が、
苦しくなる。
すぐ動画は削除された。
【この動画は存在しません】
表示だけが残る。
「……今の」
カナタが呟く。
澪は少しだけ青ざめた顔で、
小さく言った。
「……残響が、
漏れ始めてる」
◆
帰り道。
夜。
駅前。
巨大ビジョンには、
また藤崎クロの切り抜きが流れていた。
『Kってさ、
人の感情変えてね?』
通行人が立ち止まる。
スマホを向ける。
コメント欄。
怒り。
不安。
興奮。
全部が混ざっていく。
その瞬間。
ブツッ。
駅前の音が、
一瞬だけ遅れた。
「……っ」
誰も気づかないくらい、
本当に小さなズレ。
でも。
カナタだけは、
はっきり聞いてしまった。
ノイズの奥で。
誰かが、
笑った気がした。




