第十五話『藤崎クロ』
黒いスーツ姿の男。
ノイズ混じりの画面。
一瞬だけこちらを見ていた視線が、
頭から離れなかった。
「……また?」
ひまりが不安そうに聞く。
スマホ画面は、
もう普通に戻っている。
胸の奥が、
妙に冷たかった。
澪は静かにスマホを見つめる。
「……監視強くなってる」
「Revisionか」
「うん」
ひまりが首を傾げる。
「りびじょん?」
「あー……
いや、なんでも」
誤魔化す。
最近、
普通の会話が難しくなっていた。
◆
翌日。
昼休み。
教室が妙に騒がしかった。
「見た!?」
「やばくない?」
「【K】の動画使ってるやつ!」
嫌な予感がする。
スマホを開く。
おすすめ欄。
派手なサムネイル。
赤文字。
【暴露】
【Kの曲は危険】
【同期障害の真相】
投稿者名。
“藤崎クロ”
「……誰だよ」
タップ。
動画再生。
派手な編集。
ノイズ。
煽るような声。
『最近流行ってる“K”の曲、
絶対おかしいんだよね』
『聴いた人間、
記憶バグってるし』
『しかも同期障害って、
マジで広がってる』
コメント欄が高速で流れる。
『怖』
『でも分かる』
『Kって何者?』
『消されたりしないよな?』
頭が痛くなる。
◆
屋上。
風が強い。
「最悪」
澪が珍しく、
はっきり嫌そうな顔をしていた。
「そんなヤバいやつなのか」
「藤崎クロって、
感情を煽るの上手いから」
「感情……」
「怒りとか不安って、
共鳴しやすいんだよ」
澪はフェンスを見つめる。
「今の状態で、
ああいう人が触ると危ない」
「何が起きる」
「広がる」
その言い方が怖かった。
「感情も、
改変も」
◆
その日の夜。
WAVE。
コメント欄の空気が変わっていた。
『Kって危険なの?』
『怖くなってきた』
『でも聴いちゃう』
『なんかイライラする』
『誰か説明しろよ』
昨日までの“共感”が、
少しずつ“不安”へ変わっている。
カナタはスマホを閉じる。
胸の奥が重い。
その時。
通知。
DM。
差出人。
“藤崎クロ”
「……は?」
開く。
【話しません?】
【あんた、
絶対何か知ってるでしょ】
嫌な汗が滲む。
◆
翌日。
放課後。
音楽室。
雨。
窓を叩く水音。
カナタはギターを鳴らす。
でも今日は、
うまく音がまとまらなかった。
頭の中がざわついている。
怒り。
不安。
焦り。
コメント欄の空気が、
そのまま流れ込んできているみたいだった。
「……影響受けてる」
窓際。
澪が小さく呟く。
「何に」
「共鳴」
またその言葉。
でも今日は、
少しだけ理解できてしまう。
「……なんか、
落ち着かねえ」
「みんな同じだと思う」
澪は静かに言う。
「今、
世界中の感情が少しずつ混ざってるから」
その瞬間。
ブツッ。
音楽室の電気が点滅する。
ノイズ。
耳鳴り。
視界が揺れる。
「っ……!」
窓の外。
校庭にいた生徒たちの姿が、
一瞬だけ別人に見えた。
知らない制服。
違う顔。
すぐ戻る。
「……まただ」
カナタが息を呑む。
澪は窓の外を見つめたまま、
静かに言った。
「感情が暴れ始めてる」
◆
帰宅途中。
駅前の巨大ビジョン。
藤崎クロの配信切り抜きが流れていた。
『Kの曲ってさ、
人の感情壊してるんじゃね?』
通行人たちが足を止める。
コメント。
拡散。
怒り。
不安。
その瞬間。
――ブツッ。
駅前の音が、
一瞬だけ消えた。
「……!」
全員が顔を上げる。
静寂。
完全な無音。
そして。
誰かが叫ぶ。
「……今、
音消えた!?」
ざわめき。
混乱。
スマホを取り出す人たち。
世界が、
少しだけ壊れたような気がした。




