第十四話『感情共鳴』
「……思い出し始めてる」
澪の声は、
今までで一番不安そうだった。
音楽室。
雨音。
白いノイズの残響。
全部が妙に遠い。
「……今の、
何だったんだよ」
息が乱れる。
頭が痛い。
でも、
さっき見えた光景だけは焼き付いて離れない。
ステージと歓声。
知らない男。
“智樹”。
その名前を思い出すたび、
胸の奥が軋んだ。
「朝霧」
澪は少し黙る。
顎先に指。
でも今日は、
その癖が少し震えていた。
「……まだ、
全部は繋がってないから」
「だから何が!」
思ったより強い声が出る。
ひまりがびくっと肩を揺らした。
「あ……悪い」
「いえ……
大丈夫です」
そう言ったひまりの顔色は、
少し悪かった。
◆
その日の夜。
WAVE。
『夜を越える前に』
再生数。
642,000。
「……なんだよこれ」
もう普通じゃない。
ランキング一位。
急上昇トップ。
関連タグ。
【#同期障害】
【#音が消えた】
【#K】
コメント欄。
『これ聴いてから昔の記憶変』
『知らない夢見る』
『怖いのに聴きたくなる』
『なんで泣いてるか分からない』
そして。
『Kの曲、
感情持ってかれる』
指が止まる。
感情。
共鳴。
澪の言葉が蘇る。
◆
翌日。
学校。
空気が妙だった。
みんな少しだけ浮ついている。
それと同時に、
疲れているような。
「昨日、
急に泣いたんだけど」
「分かる、
なんか情緒やばい」
「寝不足かな……」
笑っている。
なのに。
普通にしていながら、
誰もが不安そうだった。
カナタが席へ座る。
その瞬間。
後ろの女子生徒が言った。
「永瀬ってさ」
「?」
「もしかして【K】じゃないよね?」
空気が止まる。
「……は?」
「いや、
なんとなく」
その時。
教室後方から、
小さなノイズ音がした。
ブツッ。
全員が振り向く。
スピーカー。
白い砂嵐。
『――――』
一瞬だけ、
誰かの歌声みたいなものが混ざる。
すぐ戻る。
「……また?」
「怖……」
ざわめく教室。
窓際。
澪だけが、
静かに目を伏せていた。
◆
昼休み。
屋上。
曇り空。
風だけが吹いている。
「……共鳴が広がってる」
澪が呟く。
「共鳴って、
結局なんなんだよ」
澪はフェンスの向こうを見る。
「感情が、
誰かから誰かへ繋がること」
「……曲で?」
「うん」
「そんなの普通だろ」
「普通は、
世界まで揺れない」
その言葉が重い。
「カナタの音、
人の感情を深く触りすぎるから」
「……俺のせいって事?」
「半分くらい」
「だからその半分は何なんだよ」
澪が少し笑う。
でも今日は、
その笑顔が弱かった。
「……止めた方がいいと思う?」
思わず聞いていた。
澪は少し驚いた顔をする。
「曲」
風が吹く。
長い黒髪が揺れる。
澪はしばらく黙ったあと、
静かに答えた。
「私は、
止めてほしくない」
心臓が少しだけ跳ねる。
「……なんで」
「カナタの音、
ちゃんと残るから」
「残る?」
澪は少しだけ目を細めた。
「消えそうなものを」
◆
放課後。
音楽室。
カナタはギターを抱えたまま、
新しいコードを鳴らしていた。
静かなアルペジオ。
未完成の旋律。
でも今日は、
妙に音が綺麗だった。
ドアが開く。
ひまり。
「先輩」
「ん?」
「今度、
文化祭ライブやりません?」
「……はぁ?」
思わず手が止まる。
「軽音部、
まだ予定決まってなくて」
ひまりは少し笑う。
「先輩の曲、
歌いたいです」
その瞬間。
窓際の澪が、
ほんの少しだけ表情を変えた。
そして。
カナタのスマホが震える。
通知。
【感情同期率:上昇】
【警告:共鳴拡大中】
白いノイズ。
ブツッ。
画面が一瞬だけ乱れる。
その奥に。
黒いスーツ姿の男が、
こちらを見ていた気がした。




