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第十三話 『写真のノイズ』



 音って、

 感情の記録だから。


 雨音の中で聞いた澪の言葉が、

 頭から離れなかった。


 感情の記録。


 だから残るのか。


 だから、

 消えないのか。


 404NOTFOUNDの『ERROR』みたいに。


     ◆


 翌朝。


 空はまだ曇っていた。


 教室へ入った瞬間、

 ざわついた空気を感じる。


「なあ見てこれ」


「マジで怖いんだけど」


 数人がスマホを囲んでいた。


 カナタも近づく。


 昨日の集合写真。


 顔がぼやけていた男子生徒。


 そのノイズが、

 さらに酷くなっていた。


「……っ」


 輪郭が崩れている。


 もう人の顔として認識できない。


 白い砂嵐みたいに、

 写真の中だけ歪んでいる。


「加工じゃね?」


「でも元データもこうなんだって」


「え、

 怖……」


 クラスの空気が冷える。


 なのに。


「……で、

 誰だっけこいつ」


 誰も名前を思い出せない。


 そこにいたはずなのに。


 思い出そうとすると、

 頭がぼやける。


「……朝霧」


 窓際。


 澪は静かに写真を見ていた。


 灰青色の瞳。


 少しだけ悲しそうだった。


「……もう始まってる」


「だから何が」


 澪は小さく息を吐く。


「存在が、

 世界から押し出され始めてる」


 ぞくり、とした。


     ◆


 昼休み。


 屋上前。


 風が強かった。


「……なあ」


 フェンスにもたれながら、

 カナタはスマホを見る。


「昨日の写真、

 誰だったんだ」


「覚えてない?」


「……分かんねえ」


 頭が痛い。


 思い出せそうなのに、

 輪郭だけ掴めない。


 澪は空を見る。


「たぶん、

 もう同期が始まってるから」


「同期同期って……

 何なんだよそれ」


 澪は少し考える。


 顎先に指。


「世界って、

 矛盾を嫌うんだよ」


「矛盾?」


「存在しないものを、

 存在させ続けること」


 その言葉が、

 妙に引っかかった。


「……存在しない?」


 澪は答えない。


 代わりに。


「カナタ、

 最近夢見る?」


 突然聞いてくる。


「……まあ」


「どんな?」


「知らない場所。

 ライブ会場みたいな」


 澪の瞳が少し揺れる。


「やっぱり」


「何が」


「近づいてる」


 またそれだ。


 でも今日は、

 聞き返す気になれなかった。


     ◆


 放課後。


 音楽室。


 ギターケースを開こうとした瞬間。


「先輩!」


「うおっ」


 ひまり。


 今日も勢いがすごい。


「びっくりするからやめろ」


「えへへ」


 全然反省してない。


 でも今日は、

 少しだけ様子が違った。


「……どうした」


「え?」


「静か」


 ひまりは少し笑う。


「先輩、

 最近変ですよね」


 心臓がざわつく。


「……何が」


「なんか、

 遠く行きそう」


 そのひまりの言葉が

 妙に引っかかる。


 ひまりは窓際を見る。


 澪。


 静かにこちらを見ている。


「朝霧先輩も」


「……え?」


「なんか急に、

 いなくなっちゃいそうで怖いです」


 空気が止まる。


 澪の表情が、

 一瞬だけ固まった。


 ひまり自身も、

 言ってから驚いた顔をする。


「……あれ。

 なんで私」


 頭を押さえる。


「なんか今、

 変な感じ……」


 その瞬間。


 ブツッ。


 音楽室のスピーカーから、

 突然ノイズが流れた。


『――――』


 聞き取れない声。


 白い砂嵐。


 耳鳴り。


「っ……!」


 視界が揺れる。


 窓の外。


 校庭の景色が、

 一瞬だけ別のものに変わる。


 知らない場所。


 ライブ会場。


 そして。


 知らない男が、

 ステージでギターを弾いている。


 歓声。


 ライト。


 ノイズ。


『智樹!!』


 誰かの叫び声。


 次の瞬間。


 全部戻る。


 静寂。


 雨音。


 息が荒い。


「……今の」


 カナタが呟く。


 澪は青ざめた顔で、

 小さく言った。


「……思い出し始めてる」


 

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