第十二話『Revision』
「私、
本当はもう、
ちゃんと存在できないんだと思う」
夜のホーム。
電車の走行音。
白い蛍光灯。
全部が遠かった。
「……何言ってんだよ」
やっとそれだけ言う。
澪は少しだけ目を伏せた。
「そのままの意味」
「意味分かんねえよ」
「うん。
普通はそう」
またそれだ。
でも今日は、
妙に笑えなかった。
「……お前、
最近消えるみたいになってたよな」
「見えちゃったんだ」
「見えるだろ普通!」
「普通は見えない」
静かな声。
でも、
少しだけ寂しそうだった。
カナタは言葉を失う。
ホームへ電車が入ってくる。
風。
アナウンス。
その音だけが、
やけに現実感を繋ぎ止めていた。
◆
帰宅後。
部屋の電気をつける。
静かすぎた。
ギターケース。
ノート。
机の上の譜面。
『ERROR』
その文字を見るだけで、
胸の奥がざわつく。
スマホが震えた。
通知。
WAVE。
【警告】
【感情同期率:危険域】
【投稿活動の停止を推奨します】
「……またかよ」
差出人。
Revision_00
開く。
【あなたの音は、
世界へ異常な共鳴を発生させています】
【このまま投稿を続けた場合、
大規模改変が発生する可能性があります】
【速やかに活動停止を】
「意味分かんねえって……」
その時。
画面が一瞬だけ乱れた。
ノイズ。
白い砂嵐。
そして。
一瞬だけ、
カメラ映像みたいなものが映る。
黒い部屋。
モニター。
誰かの影。
すぐ消える。
「……っ」
心臓が跳ねる。
今の。
向こうから見られてたのか?
◆
翌日。
学校。
教室の空気が妙だった。
「昨日さ、
一瞬停電しなかった?」
「分かる!
しかも変な耳鳴りして」
「最近多くね?」
同期障害。
その単語が、
もう普通に使われ始めている。
でも、
誰も本気では捉えていない。
都市伝説。
ネットミーム。
その程度。
窓際。
澪は静かに外を見ていた。
カナタが近づく。
「……なあ」
「うん」
「Revisionって、
何なんだ」
澪は少しだけ黙る。
それから、
静かに答えた。
「世界を、
壊れないようにしてる人たち」
「じゃあ悪いやつじゃないのか」
「……難しい」
澪は窓ガラスへ視線を落とす。
「昔は、
もっと違った気がするけど」
「昔?」
「ごめん。
今の忘れて」
またそれだ。
でも、
最近少し分かってきた。
澪は、
本当に“全部”は覚えていない。
何かを知っているのに、
同時に失っている。
そんな感じだった。
◆
昼休み。
突然。
校内の電気が一瞬だけ落ちた。
ブツッ。
暗転。
悲鳴。
すぐ戻る。
「うわっ!?」
「なに今!」
教室がざわつく。
その瞬間。
カナタのスマホが震える。
知らない通知。
【対象確認】
【同期率上昇中】
【監視継続】
息が止まる。
「……っ」
その時だった。
教室の外。
廊下。
黒いスーツ姿の男が立っていた。
視線。
まっすぐこちらを見ている。
目が合った瞬間。
ノイズ。
耳鳴り。
世界が歪む。
「カナタ!」
澪が腕を掴む。
冷たい手。
次の瞬間。
男の姿は消えていた。
「……今の、
見たか?」
「うん」
澪の顔が、
少しだけ青い。
「……早い」
「何が」
澪は小さく息を吐く。
「Revision、
本格的に動き始めてる」
◆
放課後。
音楽室。
窓の外は雨だった。
静かな雨音。
ギターを抱えたまま、
カナタは譜面を見つめていた。
『ERROR』
そのタイトルが、
やけに重い。
「……やめた方がいいのかな」
ぽつりと呟く。
「曲」
澪は少し驚いた顔をした。
「初めて言ったね」
「何が」
「怖いって顔」
澪は静かにピアノへ触れる。
柔らかい音。
「でも、
止まれないんでしょ」
図星だった。
曲を作るたび、
何かがおかしくなる。
なのに。
やめようと思うほど、
音が頭の中へ流れ込んでくる。
「……なんなんだよ、
これ」
澪は少しだけ目を伏せる。
雨音。
静かなピアノ。
そして。
「音って、
感情の記録だから」
澪のその言葉は、
妙にカナタの胸に残った。




