第十一話『夜の駅』
――『ERROR』
ノートに書かれた文字を、
カナタはしばらく見つめていた。
知らない。
こんな曲、
作った覚えはない。
なのに。
頭の中には、
続きを知っている感覚があった。
「……気持ち悪ぃ」
シャーペンを置く。
胸の奥がざわつく。
まるで、
誰かの記憶を勝手に覗いたみたいだった。
◆
翌日。
空は曇っていた。
雨が降りそうな、
重い灰色。
授業中も、
カナタはノートの端に書かれた
『ERROR』
の文字を思い出していた。
窓際。
澪が外を眺めている。
灰青色の瞳。
静かな横顔。
ふと。
澪がこちらを見る。
一瞬だけ。
それだけなのに、
妙に胸が落ち着く。
最近、
それが少し悔しかった。
◆
放課後。
駅までの帰り道。
空気は湿っていて、
夜の匂いが近かった。
「……で、
今日は何」
隣を歩く澪に言う。
「何って?」
「なんで毎回いるんだよ」
「偶然」
「絶対違う」
澪は少しだけ笑う。
小さい笑み。
最近、
その表情を見分けられるようになってきた。
駅へ向かう人の流れ。
コンビニの灯り。
遠くの車の音。
全部、
静かだった。
「……今日、
変な曲作りかけてた」
ふと口に出していた。
澪が少しだけ目を細める。
「どんな?」
「分かんねえ。
勝手に出てきた」
「タイトルは?」
一瞬迷う。
でも、
隠しても意味がない気がした。
「……ERROR」
その瞬間。
澪の足が止まる。
空気が凍った気がした。
「……朝霧?」
澪は数秒、
何も言わなかった。
それから。
「……そっか」
小さく呟く。
「やっぱり、
近づいてるんだ」
「何に」
「……まだ、
知らなくていい」
「またそれかよ」
少し苛立った声になる。
「お前、
いつもそうだな」
澪は黙る。
駅のホームへ続く階段。
人の流れ。
アナウンス。
『まもなく、
一番線に電車が参ります』
その声だけが、
妙に綺麗に響いた。
◆
ホーム。
夜風。
白い蛍光灯。
電車待ちの人たち。
澪はベンチに座り、
静かに線路を見つめていた。
カナタも隣に座る。
「……なあ」
「うん」
「お前、
なんでそんな平気なんだよ」
「平気じゃないよ」
即答だった。
少し驚く。
「じゃあなんで」
澪は少し考える。
顎先に指。
「慣れちゃったから、かな」
「何に」
「失くなること」
その言葉だけ、
やけに重かった。
電車が通過する。
風。
轟音。
その瞬間。
世界の音が、
一瞬だけ遅れた。
「……っ」
耳鳴り。
ノイズ。
視界が揺れる。
ホームの景色が、
一瞬だけ別のものに変わる。
知らない広告。
違う路線図。
そして。
隣にいたはずの澪が、
一瞬だけ消えた。
「……!」
すぐ戻る。
音も戻る。
電車の走行音。
人のざわめき。
アナウンス。
「……今」
息が乱れる。
澪は静かに前を向いたままだった。
「見えた?」
「……お前、
一瞬」
「うん」
澪は小さく頷く。
「最近、
消えやすいから」
心臓が止まりそうになる。
「……は?」
澪はホームの光を見つめたまま、
静かに言った。
「私、
本当はもう、
ちゃんと存在できないんだと思う」
その声だけが、
夜の駅に静かに溶けていった。




