第十話『残響』
――まだ、
思い出さない方がいい。
澪の言葉が、
頭の奥に残り続けていた。
思い出す。
何を?
“智樹”って誰だ?
なんで、
その名前を聞くたび胸が痛くなる?
◆
翌日。
放課後。
久しぶりに、
カナタは学校裏の階段へ向かっていた。
夕焼け。
古びた踊り場。
そこに。
「お、
来た」
ギターケースを抱えた男子生徒がいた。
少し長めの黒髪。
ラフな制服。
気の抜けた笑い方。
「……悠真」
柊悠真。
クラスメイトで親友だ。
数少ない、
自然に話せる相手。
「最近ずっと音楽室じゃん。
軽音入るの?」
「入んねえよ」
「えー、
もったいね」
悠真は笑いながら、
ギターケースを開く。
赤いテレキャスター。
「で?
最近なんかあった?」
「なんで」
「顔」
図星だった。
「死にそうな顔してる」
「失礼だな」
「いやマジで」
悠真は缶コーヒーを投げてくる。
危うく落としかけた。
「サンキュ」
「で?」
カナタは少し迷ってから、
空を見る。
「……世界って、
急に変わると思う?」
「は?」
「いや、なんか……
昨日まで普通だったものが、
急に違って見えるみたいな」
悠真は数秒黙る。
それから。
「恋じゃね?ラヴじゃね?」
「そんな訳あるか」
「じゃあ病院直行だな」
「お前がな」
くだらないやりとりに、
少しだけ笑ってしまった。
この緊張感の無い空気感は
妙に安心する。
◆
階段に座り込み、
二人でギターを鳴らす。
軽いセッション。
コード進行。
夕焼け。
静かな風。
この時間だけは、
世界がおかしくない気がした。
「……そのフレーズいいな」
悠真が言う。
「なんか懐かしい」
心臓がざわつく。
「懐かしい?」
「うん。
前も弾いてなかった?」
「いや」
「そっか」
悠真は首を傾げる。
「なんか、
知ってる感じしたんだけどな」
まただ。
最近、
こういう“ズレ”が増えている。
知らないはずなのに、
知ってる感覚。
忘れてるのに、
残ってる感じ。
◆
その時。
スマホが震える。
WAVE通知。
【新規コメント:12,481件】
「……多すぎだろ」
開く。
『次の曲まだ?』
『【K】の曲しか最近聴けなくなった』
『また音消えた』
『この曲、
世界変わる感じする』
スクロールする指が止まる。
『404NOTFOUNDの再来』
そのコメントだけ、
妙に冷たかった。
「……404?」
悠真が画面を覗く。
「懐かし」
息が止まる。
「……知ってんのか?」
「え?」
「404NOTFOUND」
悠真は少しだけ考える。
「……いや」
その瞬間。
表情が曇る。
「……なんだろ。
聞いたことある気が」
風が止む。
カナタの背筋を、
嫌な感覚が走った。
◆
帰り道。
駅前。
夜。
コンビニの光。
シュワシュワサイダーを手に取る。
「またそれ」
声を掛けてくる。
澪だ。
最近、
本当に突然現れる。
「お前な……
もう少し気配出せ」
「努力します」
絶対しない顔だった。
澪はカナタの顔を見る。
「少し、戻ったね」
「何が」
「顔色」
その言い方が、
少しだけ優しかった。
「……今日、
悠真といた」
「うん」
「なんで知ってんだよ」
「音、
静かだったから」
もうツッコむ気力もない。
澪は炭酸コーナーを見つめたまま言う。
「彼の存在、
大事にした方がいいよ」
「……は?」
「ちゃんと、
覚えてるうちに」
空気が止まる。
「……何それ」
澪は少しだけ黙る。
そして。
「ごめん」
珍しく、
少しだけ後悔した顔をした。
◆
夜。
自室。
ギターを抱え、
新しいメロディを探す。
でも今日は、
うまくまとまらなかった。
悠真の言葉。
澪の言葉。
404NOTFOUND。
頭の中で全部混ざる。
その時。
不意に。
知らないメロディが、
頭の中へ流れ込んできた。
「……っ」
思わず手が勝手に動く。
コード。
旋律。
指が覚えているみたいに。
ノートへ書き殴る。
自分で作ってる感覚じゃない。
なのに、
懐かしい。
怖い。
でも止まらない。
数分後。
カナタはペンを止めた。
譜面の端。
無意識に書かれていたタイトル。
――『ERROR』
「……なんだよ、
これ」




