水溜まり
水溜まり。でこぼこしたアスファルトに溜まっていることが多い。
軽い買い物にでも行こうと日中に外に出た時、視界に水溜まりが映った。
何となく、水溜まりは神聖性があるように感じる。理由なんてそんなに考えたことはないが。
日傘を差す。たくさん雨を降らせる癖に、一度雲が通り過ぎると、灼熱の太陽光が顔を覗かせる天気が憎い。
視線を前に戻して歩く。しばらくしないうちに、チャプッと片方の足が水溜まりに沈んだ。
「うわ、最悪…」
サンダルのような靴だったから、被害はそこまで大きくない。だけど靴と一緒に気分も確実に沈んだ。
ため息を吐きながら、視界に現れた水溜まりに思考が奪われる。
水溜まりに神聖性を感じるのはきっと、雨雲が通り過ぎた後の晴天でよく見るからだ。
反射して見える晴天はどこか別世界のように思える。
この水は雨雲が忘れていったものだと考えれば、別世界というより少し滑稽だが。
「…何考えてんだろ」
馬鹿馬鹿しくなってきた。買い物に行きたかったのに、何故水溜まりについて考えなければならないのか。
次は絶対に水溜まりに入らない、と決意をしてから若干下を向いて歩き始める。
「え?」
一瞬、目がおかしくなってしまったのかと錯覚した。水溜まりが見えてきて、自分の姿が映ると思った。思ったのだが…何も、映らなかった。日傘さえも貫通して、水溜まりには晴天だけが広がっている。
「な、なんで?私の目がおかしいの?」
目を何回も擦っても、目の前の光景は依然として変わらない。それに恐怖を覚えた。
思わずスマホを取り出して、自分の存在自体がいなくなってしまったのかを確認する。カメラを起動して内カメにする。そこには、自分自身がいた。自分という存在はいるということに安堵しながら、じゃあこの水溜まりは…?と考えを巡らす…前に、私は歩き始めていた。
安直にいえば、怖かった。踏み込まず、干渉せず、何も無かったかのようにこれからを生きよう。そうやって自分を守らなければならない。自分を守れるのは、結局は自分だけなのだ。
「あの、すみません」
通りすがりの人に声をかけられて、思わず足を止めてしまった。何となくわかっていたが、人間として止まってしまった。
「右足…どうしたんですか?」
声のままに右足を見ると、透けていた。あの時、水溜まりに突っ込んでしまった足だ。
ダメだ、もうダメなんだ。
「大丈夫です…!」
半ば無理やり話を終わらせ、逃げるように来た道を戻っていく。水溜まりに足が突っ込んだとしてもスピードを緩めない。
思い出した。思い出してしまった。思い出したくなんてなかった。
「私は人間じゃない…」
小さな雨の精霊。それの集合体。言わば、水溜まりだ。
人間に憧れていた。自由に考えて動ける人間に。だから、人間に憧れていた小さな雨の精霊たちを合わせて、大きな水溜まりになった。そしてそこから人間の姿になった。
人間の70%は水だと聞いたから、できると思った。だけど、雨の精霊の集合体に触れてしまったから、分離しようとしているのだろう。
「嫌だ、嫌だ嫌だ。消えたくない、まだ人間でいたい…まだやりたいことも…」
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「落とし物」
日傘、水色のワンピース、白いサンダル。
思い当たる方は交番まで




