失恋
「ねぇ゛っ…」
歩いていく背中を追いかけて、服をぎゅっと掴む。彼は止まった。
「まって、わかんないよ、なんで…」
「別れようって言ってんの」
私の一縷の希望を、ハエを払うかのように簡単に、私の手を乱暴に振り払う。そして、振り返らぬまま歩いた。
もう二度と私の元に帰ってこないのだ、と見せつけられたようだ。そう自覚すると共に、目から涙が零れ落ちた。まばたきができなかった。この一瞬、されど一瞬。全てを記憶に残しておきたかった。
一度も振り返ってくれなかった彼の背中さえも見えなくなった。
あぁ…と掠れた声が静寂を打ち破った。力が抜けて腰が地面に落ちる。片手で顔を覆う。涙が止まってくれない。まばたきをするたびに大粒の雫がこぼれる。ふと、カバンに付いている彼から貰ったキーホルダーが視界に映った。
その瞬間に思い出す記憶の数々。
しかし、それはどんどんと黒塗りにされていく。勝手にではない。自分が、自分自身がその記憶を無かったことにしようとしているのだ。
先程散々見た彼の背中も、とうとう光さえ吸収する漆黒に塗り潰されてしまった。
止まらなかった涙がぴたりと止んだ。面白いくらいに。
もう一度キーホルダーを見る。何の記憶も思い起こせない。次に強い嫌悪感が体を支配する。
キーホルダーを力任せに引っ張る。そう上手くは取れないようだ。それにイラつきを覚えながら、乱暴にカバンからキーホルダーを外す。
そして出来るだけ遠くに投げた。
少しすっきりした。




