37. 誤算
奥に行けば行くほど、空気が重く澱んでいく。
(――これは瘴気のせいね)
エリーゼは直ぐに気付き、チラリとアルの様子を確認する。
デールとの魔獣の訓練で耐性がついているエリーゼとは違い、アルは息苦しいのか呼吸が乱れていた。
(スピード落とした方がいいかしら……)
けれど、一人で戦っている父ガスパルを思うと、エリーゼは足を止められなかった。悩みつつも、先を急ぐ。
すると、視界が悪くボヤ〜ッとしたその奥から、魔物の咆哮が。次いで、ズシンッと何かが倒れるような鈍い音がした。
声を掛けなくとも、アルは反射的にエリーゼに視線を向ける。
どちらともなく左右に分かれ、それぞれ大木の後ろに隠れた。太い幹に身を潜め、目を凝らし覗くように先を見る。
薄暗い濃霧の中、二人が見たのはガスパルが何頭もの魔物を倒している姿だった。
エリーゼはアルと目配せをし、地を蹴って飛び出した。――と同時に、エリーゼはガスパルの背後に飛び掛かろうとしていた魔物を斬る。
「――お、お前達っ!!?」
振り返ったガスパルは、驚きに目を見張る。
「私たちも手伝います!」
「ダメと言われても、もう後戻りはできませんから」
互いの背を向き合わせるように剣を構えつつ、エリーゼとアルはガスパルに言う。
「……っ。仕方ない説教はあとだ! 先ずは、アレをどうにかしないと」
ガスパルが顎で指した方向には、地に湧き出した沼ような黒く渦を巻く円があった。そこから瘴気が出ているようだ。
「……あれは!?」
「どうやら、あそこから魔物が出てくる」
「あっ!」
まるで、ガスパルの言葉が具現化するように、その中から狼の魔物が飛び出してきた。
「たぶんだが、あの円より大きな魔物は出て来られないようだ。それに……。さっきより円は小さくなっている」
「え?」
ガスパルが最初に対峙したのは、狼よりも更に大きな魔物だったそうだ。
確かに落ちている魔石もサイズが違う。
「今は狼ばかりだが、キリがない」
片っ端から斬り倒すが、次々と湧くように出てくる。こんな現れ方は、ガスパルでも初めての経験らしい。
アルもエリーゼに負けじと、魔物に向かって剣を振った。閃光が走り、スパッと真っ二つになる魔物。
(口頭で説明しただけなのに、もう出来るなんて……)
――ぶっつけ本番の賭けだった。
エリーゼは走りながらも、アルも自分の身を守れるように、マナソードのやり方を説明した。
魔力の源とよべる自然界のマナ。自分の魔力を込めるように、マナを意識し剣に集めるのだ。
これはガスパルから訓練を受けたもの。
さほど魔法は使えなくとも、剣に特化したガスパルだからこそ到達した域。
デールの力を使う時とやり方は大差がなかったため、エリーゼも難なく出来た。デールとの秘密の特訓には必要無かったため、滅多に使わなかったが。
(だからこそ……)
剣の腕は確かなアル。金の瞳を持つ王子のアルならば、コツさえ掴めば扱えると踏んだ。
どうしてエリーゼが、マナソードの扱い方を知っているのか……そんな野暮な質問はされなかった。今が、一刻を争う状況であることで、その時間を与えずに済んだのだ。
ただ、慣れないとマナの制御が難しい。持っている全てを注いでしまえば、魔力の枯渇に繋がる。下手したら意識が飛んでしまうだろう。
けれど、そんなリスクを承知でエリーゼは教えた。
(たぶん、アルの魔力量は並ではないはず)
万が一、またアルが怪我するようなことがあれば、魔物が更に増える気がした。ただの勘でしかないが、嫌な予感は当たるのだ。
(最悪、このブレスレットをアルに使えばいいわ。ひとまず、アレをどうにかしないと)
◇◇◇◇◇
時間がどれほど経っただろうか。
(こんな時にデールはどこへ――)
倒しても倒しても出てくる魔物に、三人の疲労は溜まる。
それでも、デールには何か打開策があると、信じて待つほかなかった。
アルのマナソードの光が弱くなっていく。
「マズイな」
そう言ったのはガスパルだった。
慣れない力の使い方で、限界を迎えているのかアルの足元が危うい。
(どうにかあの穴を埋めないと……その前に)
アルに向かってブレスレットを投げようと手にかけたが――エリーゼの判断は遅かった。
閃光が消えると同時に、瀕死の狼の最後の足掻きだったのか、牙がアルを掠める。
狼は息絶えたが、アルは剣を地に刺し膝をつく。
(しまった!)
エリーゼはアルに駆け寄り治癒するが――。
穴から狼が出てくるのがピタリと止まった。嵐の前の静けさのような、沈黙の時間。三人は息を呑む。
次の瞬間、穴から瘴気が吹き出した。
「何が起こった!?」
「あれは……」
狼の魔物は飛び出すのをやめたのではない。出てきていた穴を塞がれたから、通れなかったのだ。
真っ赤な溶岩で出来たような、大きな大きな手が穴から出てきていた。
狭い穴さえも、溶かし広げようとするように。
ガスパルは言葉を失い、アルは唇を噛んだ。
エリーゼがブレスレットを引きちぎり、発動させようとすると
『エリーゼ! その手を切り落とすんだ! ブレスレットを投げいれて、オレを呼べ!』
デールの声が頭に響いた。
「父さま、アルをお願い!」
「お、おいっ! エリーゼ!」
エリーゼはガスパルにそう言い残し、穴へと走る!
身を低くすると、黒いモヤを纏わせた剣を地に這わすかのように横から振って、赤い手を切り落とした。
――ドサッ。
落ちた手は、形を失い溶けるように流れ出し、劫火のごとく大地を焼き……消えた。
そのままエリーゼは、躊躇なくブレスレットを穴に投げ入れる。
刹那。
穴の中が金色に光り、瘴気が蒸発するように消えいく。それが引き金になったのか、大地が穴を塞ごうと勢いよく縮んで行く。
「デールーーー……!!」
エリーゼは、叫ぶように急いでデールを呼んだ。
呆然と成り行きを見守るしかなかったアルは、晴れていく霧とは裏腹に、夜の闇に呑まれていくような感覚だった。
デールを呼んだエリーゼの声が耳に残る。
エリーゼが危機的状況で、最も頼りにしていたのは、アルではなくデールなのだと――。
絶望的な気分のまま、意識を失った。
後日――エリーゼは、ブレスレットの魔石に付与され、たアンジェリーヌの保護魔法について、アルに伝えていなかっかたことを激しく後悔することになるが……。
この時はまだ知る由もなかった。




