34. アルと両親
「あら〜! 可愛らしいお部屋ね、エリーちゃんにピッタリだわ」
エリーゼの部屋に入ると、ふふっと溢れんばかりの笑顔で、開口一番アンジェリーヌはそう言った。
二人は他の生徒と出くわさない、普段ロザリーが使う回廊を通ってやって来た。
(母さまったら、少女みたいね)
アンジェリーヌの様子に、エリーゼも嬉しくなる。
正直なところ、この豪華な部屋は自分より華のあるアンジェリーヌが良く似合う。
もちろん、可愛いし、広いし、住み心地は最高だ。
けれど、田舎育ちのエリーゼとしては、素朴な我が家の方が好ましく思う。
「この部屋のお世話してくれるロザリーが、とても良くしてくれるのです」
最近、パジャマのフリルが増えつつあるのは、少し考えものではあるのだが。
「そう、イザックは見る目があるから、素敵なメイドを選んでくれたのね」
「はい」と頷きながら、内心では苦笑する。
もう、学校長はアンジェリーヌに仕えていた人物なのだという確信しかない。隠す様子のない母に、敢えて尋ねる必要性を感じなかった。
学校での生活について話していると、あっという間に時間は過ぎて行く。
窓の外が薄暗くなった頃、アンジェリーヌを迎えにロザリーがやって来た。
両親は、夕食をユリウスの邸で取ることになっている。エリーゼとデールも、ユリウスから夕食に誘われたが、それは断った。
デールは、貴族の食事に興味津々だったが、その辺は当然我慢してもらわなければ。
ショックを受けたガスパルに、理由を説明すると納得してくれた。
手紙にも何度か書いた、クラスメイトののベンジャミン。今回の件で、しばらく同じ授業を受けていない。
そんな彼と、たまたま廊下で会った時に、夕飯だけは皆で一緒に取ろうと約束したからだ。
ベンジャミンの、叱られた仔犬のようにしょげている姿に、アルも素っ気なくだが賛成した。
エリーゼはそのやり取りを思い出すと、クスッと笑った。
食事を済ませ、部屋に戻ってきたアンジェリーヌとエリーゼの女子会は、再び始まった。
寝る支度を済ませ、アンジェリーヌと久しぶりに同じベッドの中に入り、眠りにつくまで色々な話をする。
「まあ! クラスメイトのアル君が、あの時の坊やだったのね〜!」
おっとりとアンジェリーヌは驚く。
ユリウスから、ガスパルと一緒にアルの存在を聞いていても、それが以前エリーゼが助けた少年だとは流石に思わなかった様だ。
「とこでエリーちゃん。そのブレスレットは?」
「これですか? アルに貰ったんです。あっ、もちろん友達として!」
「ふふっ……良いお友達ね。ちょっと見せてくれるかしら?」
エリーゼは、手首からカチャッと外すと、ベッドの上で体を起こしたアンジェリーヌに渡す。
アンジェリーヌは、デールがしたみたいに石を透かすように眺める。
「これ、魔石なのね」
「そうみたいです」
「エリーちゃん、お願いがあるのだけど」
「なんですか?」
「せっかくだから、空っぽな魔石に保護魔法をかけてもいいかしら? エリーちゃんやお友達のお守りになるように」
「もちろんです!」
断る理由などない。アンジェリーヌの結界は、悪魔であるデールも褒めていた。
今回の実践練習は例年とは違いそうだ。何かあれば他の生徒も守らなくてはいけない。万が一を考え、ありがたくお願いした。
アンジェリーヌは両手で包むように、ブレスレットを持ち瞳を閉じる。
次の瞬間には、その手から金色にキラキラ輝く光が溢れ消えていく。
(やはり、母さまの光属性の魔力は綺麗だわ……)
小さな頃から、アンジェリーヌが枯れた花を咲かせたり、浄化の魔法を使っているのを見てきた。
「はい、できた!」
「母さま、ありがとう!」
ブレスレットを自分の手首に戻そうとして、ふと思い出した。
(あれ……? どうして母さまは、アルが怪我をした時に治癒魔法を使わなかったのかしら?)
光属性=治癒魔法のイメージがある。
(ま、たまに例外はあるものね。私なんて特に)
エリーゼ自身は光属性ではないが、治癒魔法が使えた。
昔から、水との相性がいいから水属性だと考えていたが、属性として判明が難しいほど魔力が少なかった。過去では、希少な治癒魔法が使えたからこそ、運良く神殿の神官にまでなれたのだ。
魔力を持たない平民は、測定をする義務がないので、エリーゼもしていない。漠然とだが、今世も属性は判明しないだろうと思っている。
ガスパルとアンジェリーヌは、エリーゼが治癒魔法を使えることを知らない。デールにも言ったが、平和な田舎暮らしで使う必要が無かったのだ。
だから、アンジェリーヌが使うのを見たことがなくても、疑問に思わなかった。
(あの時のアルは、そんな大怪我じゃなかったものね。熱は精神的なものみたいだったし)
自分も使う程ではないと思ったのだから、さほど気にすることでもない。
それよりも、デールの力と相反する光魔法は、一緒に使っても大丈夫なのか心配になる。
(明日、デールに聞いてみればいいわ……)
母の温もりが心地よく、エリーゼは眠りに落ちて行った。
◇◇◇◇◇
シーンと静まり返った訓練場。
集合した生徒達を、ガスパルはぐるりと見渡す。
圧倒的な存在感への期待と不安。それぞれが緊張した面持ちで、ガスパルを見返している。
ガスパルは、生徒の中にエリーゼの姿を見つけると、ほんの一瞬だけ目元の力を緩めた。
けれど、エリーゼの隣のアルに気付くと、その双眸はピタリと動きを止める。些細な表情の変化。それが判るのは、娘であるエリーゼくらいだ。
ほんの数秒。
ガスパルは成長したアルの顔に、自分の記憶の中にあった、過去に出会った少年の面影を見た。片眉を上げると再度エリーゼを見る。
(あ……、父さまにアルのこと伝えてなかったかも)
すっかり忘れていた。
ゆっくりまばたきをして肯定する。
昨日は久しぶりの再会で、たくさん話したいことはあったのだが……。ユリウス達も居たせいか、特別室では魔物についてと、今後の話で終わってしまった。
アルについては――。
他国、それもエリーゼたちが住んでいる国の王子。外部講師という名目以上に、気にかけておくべき存在だ。
ただ、アルが幼少期にエリーゼの家で匿われた少年だということは、ユリウスの知り得ない事実。
反対に、エリーゼにはアルが王子だということは隠されている。ややこしいが、知っていても知らない振りを続けるしかない。
だから今、ガスパルの頭は混乱している筈……そう思ったが、何事もなかったかのように挨拶し、訓練の概要を説明し出した。
(父さまって、意外に動じないのね)
よくよく考えてみれば、普段のガスパルは、家族の前だけで見せる気を許した状態なのだ。ひとたび仕事に入れば別人になるのだろう。騎士には、自分以外の命もかかっているのだから。
(家族――)
当たり前のことだが、なんとなく胸が温かくなる。エリーゼである今世が最後で良かったと思えた。
(でも、まあ。後で質問攻めよね、きっと……)
小さくため息を吐くと、エリーゼは袖の下に隠れた、アルから貰ったブレスレットに布越しに触れた。
エリーゼは袖を捲って、チラリと紫の魔石を見る。
昨夜の出来事をデールに確認したが、同時に発動さえしなければ問題ないということだった。
(ま、これを使わずに済めば、一番いいのだけどね)
だいぶ期間があいてしまいました。
申し訳ありませんm(__)m




