35. いざ、実践練習へ
「列を乱さず、しっかり歩けー!」
先頭を歩く教師の声がこだまする。
「「「はいっ!!」」」
腰に下げた剣の重さにも慣れ、本物の魔物との遭遇に生徒の顔は期待に満ちていた。
さすがに三年生まで残った生徒だけあって、逃げ出そうとする者はいない。
今回の訓練で遭遇するのは小さな魔物。そう聞かされているのだから当たり前かもしれないが。
この地域に慣れている担任が先頭に、成績順に並んだ三年生が歩いていた。その後を、エリーゼたちが行く。魔法に長けた副担任は真ん中あたりで目を配り、最後尾はガスパルだった。
これが本来の討伐隊であれば、前衛はガスパルだっただろう。
目的の場所まで意外と距離があった。
あの時は雪の季節ではあったが、エリーゼはデールの力で空を飛んで向かったせいか、もっと近く感じていた。
(ああ、そうか)
人に踏みならされてできたであろうこの道は、それなりの幅がある。
アルは違う道……というか、木々の間を抜け、時間を短縮するため近道をしたのだ。
(まったく、無茶するわね)
エリーゼは、前を歩くアルの後ろ姿を黙って見つめた。
唐突に、訓練場で間近に迫ったアルの顔が脳裏に浮かんだ。整った顔に熱を帯びた瞳――。
(な、なんでこんな時に思い出すのよ!)
カッと頬が熱くなったが、記憶を振り払うようにずんずんと歩く。
そんなエリーゼの後ろのガスパルは、急に赤くなった娘の耳を見て、首をひねっていた。
ある程度開けた場所に出たら、成績が均等になるよう分けられた班に分かれて移動することになっている。
二年生である三人は同じ班にまとめられ、三年生で編成されたもう一班と行動を共にする予定だ。
しばらく行くと、すっかり落ち着いたエリーゼは遠くに魔物の気配を感じた。
頭の中で、前を歩くデールに呼びかける。
『そろそろみたいね』
『だな。今のところ、大したやつはいなそうだ』
まだ襲ってくる距離ではない。
ちらっと背後に目をやると、やはりガスパルも気づいていてエリーゼの視線にニッと笑う。
「もうそろそろだ、気を引き締めろ」
講師らしく、通る声で皆に注意を促した。
◇◇◇◇◇
班ごとに指定された範囲へ散ると、それぞれ魔物との戦闘が始まった。
「こんなものだったかしら?」
エリーゼは自分に向かって来た魔物をすべて片づけると、首を傾げた。だいぶ手加減をしたにもかかわらず、あまりにもあっさり終わってしまったからだ。
「いや、これが普通なのさ」
同じく終わったらしいデールが小声で言った。
剣を軽く振り鞘に収めると、エリーゼは顔を上げる。
「あの時の魔物は、異常だったってこと?」
「どう見てもそうだろ」
デールは地面に転がった魔石を拾って摘むと、軽く力を入れた。それだけで簡単に砕け散る。見た目は同じ種類の魔物のようだったが、エリーゼは狼の魔物としか対峙していなかったため、よく分からなかった。
「確かに」
ブレスレットの魔石と比べても、明らかに小さくて濁った色だ。魔石は魔物の持つ魔力に比例する。
(同じ種類の魔物だとしたら、何が違ったのかしら?)
エリーゼは辺りを見回した。
三年生は初めての魔物にまだ苦戦している。アルは戸惑いの表情を浮かべながら剣を振っているが、もうすぐ終わるだろう。
(直接襲われたアルなら、気づいているわね……弱すぎるって)
ガスパルは三年生を庇いながら指導している。背後から飛んでくる魔物を、羽虫でも払うように。
「ガスパルは相変わらずだな」
「あ、うん……さすが父さま。特に変な感じもしないし、この分なら杞憂に終わりそうね」
「だといいけどなぁ」
「ちょっとデール、嫌な言い方しないでよ」
「ま、この程度ならアルも血を流さないだろうし。大丈夫だろ」
「ん……? 血ってどういうこと!?」
思わず声が大きくなってしまい、エリーゼは慌ててトーンを下げる。
「誰かの血で凶暴な魔物がやって来るってこと?」
「いや、誰かじゃない」
「……アルの?」
「そっ。さてと、あっちも片付いたみたいだぞ」
デールはそれについてあまり言いたくないのか、さっさと会話を終わらせた。
集合の合図が鳴ったので仕方ないとも思ったが、何かが引っかかる。
いつものエリーゼなら、デールが話そうとしないことは無理に尋ねたりしなかっただろう。
けれど、珍しく食い下がった。歩きながら、デールに質問をする。もちろん声に出さず。
『契約者である私が知ったらいけないことなの?』
『そういうわけじゃないけど、なぁ……』
デールにしては歯切れが悪い。
不自然に思われないよう、木陰でこっそりとそんなやり取りを続けていた。
――それが良くなかったのだ。
アルは二人の姿を見つけると、合流しようと木陰へ向かう。
教師とガスパルが何かを話している間、他の班の生徒も徐々に集合場所に戻ってきていた。
三年生たちは興奮が冷めないまま、それぞれが手にした魔石を見せ合っている。
そんな中、調子に乗った数名が、剣を使って自分の武勇を披露しようとしたのだ。
お互いの剣を打ち合わせ、先ほどの戦いを再現しようと、勢いよく剣を振った――。
『アルの血は、なんていうか特別なんだ』
『王家の血筋だから?』
『うーん。それもあるだろうけど、あの瞳が……』
と言いかけたところで、カーンッ!と音がした。
デールがパッと視線を上げて瞳を赤くする。
『えっ、なに?』
振り向くエリーゼが見たのは、素手で剣の刃を掴んだアルの姿だった。
エリーゼは驚きに目を見開く。
「す、すまない! アル、大丈夫かっ!?」
互いに剣を交えていた数人の生徒が、真っ青になって謝りながら駆け寄った。他の生徒は教師を呼びに走る。
アルを囲んだ生徒のうち、一人の手には剣が無かった。アルは刃から手を離し、持ち主へ剣を返した。
魔物の血が付着していた剣の柄。そのせいで、打ち合った際に剣を滑らせ、相手に弾き飛ばされたのだ。
よりによって、背中を向けていたエリーゼに向かって。
(デールは障壁を作ってくれたみたいだけど、アルが先に剣を掴んでくれたのね)
勢いのついた剣を素手で掴むなんて普通はできないが、アルは咄嗟に自分の魔力を手に集めたのだろう。
とはいえ、わずかに手を切ってしまったようだ。
傷の状態を確かめようと、エリーゼが近づいた時だった。
『くそッ、余計なことを……』
デールの唸るような呟きが、エリーゼの頭に響いた。




