31. ブレスレットの意味は
(なっ! ばれてる―――っ!?)
アルの囁きに、エリーゼは瞠目した。
「やはり、か」とアルはぼそりと呟いた。
(しまった……鎌を掛けられたんだ!)
そう思った時には、アルはエリーゼの一瞬の動揺に確信を得ていた。
嘘をついたりごまかしても、もう遅いとエリーゼは判断したので、諦めてアルの見解を聞くことにした。
「いつから、気付いていたの?」
「初めて食堂で会った時から……と、言いたいところだけれど。――これに見覚えがあるだろう?」
壁についていた手を離すと、袖をまくって見せた。
とりあえず、アルとの息がかかりそうな近さから解放され、ほっとする。心臓はまだうるさいが。
「その、ブレスレットは……」
祭りの日、馬車の中でアルが見せたブレスレットではなかった。華奢さは似ているが、美しい細工が施されていて高価そうだ。丁寧な仕事ぶりは、祭りの露店でみた青年のものによく似ていた。繊細な模様の中心には、紫色の石が嵌まっている。
アルが一人で倒していた、あの魔物の魔石とよく似ていた。
(これ、魔石? もしかして、あの時の――)
エリーゼの視線が魔石で止まったのを確認すると、アルは静かに話し出した。
「魔物を倒したのは夢だったのだと思っていた。最初は……な」
「……最初は?」
エリーゼが聞き返す。確かにデールの力は効いていたのだ。
アルは魔石に触れる。
「服にこいつが引っかかっていた……それで、夢ではなかったと。だから、悪いがエリーについて俺なりに調べた」
「調べたって……」
「大したことは分からなかった。だが、女であることは確信できた。むしろ、なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ」
(そりゃ、意識操作していたからでしょうね……)
過去のエリーゼの存在を知っていて、強い魔力を持つアルがエリーをエリーゼと疑って見ていたのなら、軽い意識操作などもう効かないだろう。
デールも、エリーゼが女だと知っている者には効きにくいと言っていたのだから。
こんなことになるなら、もっと強い効果のものを願えば良かったと、今さらながら後悔する。
「それで、あの日……デールも一緒にいたのを思い出したんだ。エリーゼのさっきの一言で――ようやく結論が出た」
(マズいわ。デールが悪魔だと完全にバレる前に、いったん意識を奪うしかないかしら? それから、デールと対処法を考えよう)
そんなことをエリーゼが考えているとは知らず、アルは自分の考えを話し続ける。
エリーゼは、下ろしていた手首の契約紋に意識を集中させていく。そっと黒いモヤを指先にまとわせる。
「デールは公王弟殿下の隠密なのだろう?」
(ん? ………はいぃ!?)
伏し目がちだったエリーゼは、ガバッと顔を上げた。それをアルは肯定と捉えたようだ。
「デールのあの腕前。それに、この国の隠密なら魔法くらい使えても不思議ではない」
「えっと……まあ」
それならば、エリーゼが大剣を軽々と持てたのも納得がいくと。
微妙に事実から逸れてくれた結論に、エリーゼは力が抜ける。エリーゼたちがアルを助けに行ったのも、勝手に理由が付いている気がするが、尋ねる気にもならない。
「エリー……いやエリーゼとご両親は、ただの平民ではなかったんだな。だから、ここに入学できた。それにエリーゼの家には、家族以外は居なかったと記憶している」
平民らしさのないガスパルとアンジェリーヌが、ユリウスと知り合いならば……当然、元貴族だと考えたのだろう。
誰かあの家に仕える者が一人でもいれば、デールはその子供――そう思ったかもしれない。
(それで、私にピッタリとくっついているデールを、ユリウスが付けた護衛だと思ったのね。まあ、そう思い込んでくれるのなら助かるわ。でも……)
「アル、それ以上の詮索をするなら――」
冷たい光を宿したエリーゼの視線に気づき、アルはハッと口を閉ざした。
アル自身も身分を隠しているのだ。相手の踏み込まれたくない領域に土足で踏み込むなら、自分もそれ相応な覚悟をしなければならない。
「……分かっている。これ以上は、詮索しない」
「そうしてくれることを願うわ」
もう、わざと口調を変える必要はない。
「その代わり……エリーゼ。これをもらってほしい」
「え?」
アルは自分の腕のブレスレットをカチャッと外し、エリーゼの手首に嵌めた。どんな仕組みなのか分からないが、カチカチと留め具をずらすと、エリーゼの手首にピッタリのサイズになった。
「初めて倒した魔物の魔石なんだ。友達として受け取ってほしい」
「あ……うん、友達だものね」
その言葉に、アルは珍しく屈託のない笑顔を見せる。
――エリーゼの胸中は複雑きわまりなかった。
◇◇◇◇◇
「友だちねぇー」
エリーゼのブレスレットを摘み、赤い瞳で眺めながら空中に浮かぶデール。
「アルは、想像以上に幼いのよ! やっぱり、まだ子供なんだわ」
アルが自分へ向ける感情を、本当に友情だと受け取っている時点でどうなのだ、とデールは呆れる。
明らかに、エリーゼが好きで仕方ないのは分かりきっている。友達と言ったのは、ブレスレットを断らせないためでしかない。
その鈍感さは天性だなと、デールは大切な契約者を見下ろす。
「でもね、その方が都合がいいわ」
「そうか?」
「だって、デールが悪魔だと気づかれたら大変じゃない。私の方ならどうにかなるけど」
「へ……オレのため?」
「当たり前でしょ」
悪魔の存在が知られたら神殿が動くだろう。
召喚した者は重罪になり、悪魔は当然祓われる。できるかどうかは別として。
エリーゼは、契約が破棄されたらまた転生するだけだが、もし悪魔祓いが成功したらデールは消滅させられるのだ。
エリーゼが言いたいことが分かり、デールは少しくすぐったかった。
ぽんっとフェレット姿になると、エリーゼの膝の上に飛び込む。
「ちょっと! 急にビックリするじゃないっ」
文句を言いながらも、エリーゼはデールの背を撫でる。
デールは気持ちよさそうに目を閉じ、アルの気持ちが伝わっていないことに、ちょっとだけそれも悪くないと思った。




