30. 迷惑なギフト
「何? こんなところに呼び出して」
少し声を張るように、アルに向かって呼びかけた。
エリーゼはアルに指定された訓練場にやってきていた。入口を抜けると、広い場内のど真ん中に、こちらに背を向け佇んでいるアルがいた。
エリーゼの声に、アルはゆっくり振り向いた。
夕暮れ時。そろそろ訓練場の明かりが灯るだろう時間帯だ。
寮の食堂は、今が一番にぎわっている。
学校の食堂は貴族である教師陣も使うため、多種多様な料理が用意されていた。
だが、寮の方はもっと庶民的で素朴で食べ応えのある献立になっている。食べ慣れた食事に、故郷を懐かしむ生徒もいる。
これも、寮生活を飽きさせないための配慮なのかもしれない。民のために、職を増やすという理由もありそうだが。
そして、入浴を先にする者もいれば、食事が先の者もいて、各自が好きに時間を使える。食堂にエリーとアルが見当たらなくても、誰も気になどしないだろう。
だから、アルはこの時間を指定したのだ。
エリーゼから、少し離れた正面に立つアルの表情は、影になりよく見えなかった。
(それにしても、訓練場に呼び出すなんて――まさか!)
アルとは同じクラスになってから、それなりに良好な関係を築いてきたと思っていたのだが。
実践練習参加の前に、いつかの決着を望んでいるのかも――そんな考えもよぎったが、アルは訓練着を着ていなかった。当然、剣も持っていない。
決闘とかではなさそうで、エリーゼは小さく安堵した。
エリーゼに向かって歩いてくるアルは、制服でもなく、ラフな格好。先に湯を浴びてきたのか、シンプルな白シャツ姿だった。
それだけなのに気品があり、少年から青年になりつつある、すらりと引き締まったアルのスタイルの良さが際立っていた。とても同じ歳に見えない。
「……エリーに訊きたいことがある」
アルはそう言うと、エリーゼの目の前で足を止める。間近までやって来て、ようやくその表情が見て取れた。
エリーゼは平静を装うが、憂いを帯びたアルの表情に戸惑ってしまう。
それが妙に色気があって、雰囲気がおかしい。
(なっ……なんなのよ!?)
アルが一歩近付くと、エリーゼは思わず反射的に一歩下がる。アルはまた歩を進め、エリーゼもあとずさった。それを繰り返す。
埒が明かないので、そのまま尋ねた。
「聞きたいことって、何?」
アルは何も答えない。
エリーゼの背は壁に当たり逃げ場を失う。
するとアルは、エリーゼを囲うようにトンッと両手を壁に押しつけた。ふわりと石鹸の香りが漂う。
逃げようと思えばできたはず。
けれど、熱を帯びたアルの瞳から目をそらせなかったのだ。その瞳の奥に、鋭い光が増す。
急にエリーゼの心臓がバクバクとしてきた。
目の前のアルに見つめられ、まだ恋愛経験のない十四歳のエリーゼの小さな胸は、鼓動を速めていた。
何度転生しても、身体や精神の感覚までは引き継がれない。記憶と違って、精神まで過去のままでは寂寥感に耐えられないだけでは済まず、化け物になるか、とうの昔に狂っていたかもしれない。
だから、これは転生させられ続ける自分への、神から与えられた唯一の救い……ギフトなのだろうと思うことにしていた。アンバランスな状態が、ありがた迷惑に思える場合も多々あったが。
(落ち着け、私! 相手は子供よ!)
そんなエリーゼの考えをよそに、アルは視線とは裏腹な静かな声で言った。
「あいつは……。エリーと、どういう関係なんだ?」
「は? あいつって?」
思わず口をついて出た。
アルはまるで嫉妬しているようだった。
(……意味が分からない)
その対象が、紛れもなく男だと認識されている自分……エリーであって、「あいつ」が誰を指しているのかも。
ただ、エリーゼにとっての特別な存在は――。身近で思い当たるのは一人しかいない。
(もしかして、森でのことを思い出したの? 私がエリーゼで、デールもあの場にいたと……)
あの時、デールの瞳は赤かった。
背中がヒヤリとする。
壁に体温を奪われたからではない。悪魔との契約は絶対に知られてはならないのだ。
これまで、デールがアルにやたらと関心を持って近付いていたことも、勘づいていたのかもしれないと思った。
金色の瞳を持つ王族に、どれほどの能力が備わっているのか……。いくらエリーゼでも、経験したことのないことは分からない。
それでも、頭をフル回転させながら「デールは――」と言いかけたところで
「なぜ、あいつを『ユリウス』と呼ぶんだ?」
とアルの言葉が被った。
「………………ん?」
「だから――。なぜ、ヴィ……公王弟殿下を、親しげに呼んでいたんだ?」
「へっ? 本人にそう呼べって言われたからだけど?」
いろいろと引っかかりはしたものの、最初にユリウスと名乗られたのだから仕方ない。
そういえば、あとでアルに言い訳をと思っていたが、すっかり忘れていた。
(あぁー……)
「親族でも、婚約者でもないのにか?」
「うーん。たぶん、うちの両親と旧知の仲で、その子供だから……かな?」
それは事実だ。
「………」
またも、沈黙。アルは何かを考え込んでいるようだった。
「……本当にそれだけなのか?」
「いや、逆にそれ以外に何があるの?」
「こ、恋人とか……」
「は!? 親子ほど年も離れているのに?」
「……貴族ならよくあることだ」
エリーゼはユリウスを思い浮かべた。確かに貴族なら、年は離れていてもありかもしれないと、一瞬考える。
(って、違うわ! そういうことじゃなかった!)
キッと顔を上げ、アルに自分は男だと告げようとした。だが――
「エリーは、エリーゼだろう?」
アルは耳元に顔を近付け、囁くように言った。




