26. 勘違い
アルフォンスは、鍛冶屋の場所が書かれたメモを片手に、ずんずんと脇目も振らず進んでいた。
勢いよく歩く精悍な美少年に、通り過ぎる者はチラチラと視線を向けるが、当人は全くそれに気付かない。
――が。
突如、ピタリと足を止めたかと思うと、バッと両手で顔を覆う。
手とメモ用紙で顔は隠されていたが……頭から湯気が昇りそうなくらい、耳や首が真っ赤になっている。
(さっきの、熱い視線は何だったんだ!?)
時刻表を確認していた時に感じた、背後からの視線はエリーから向けられていた。
隣にはデールもいたが、自分に向けられていたかどうかくらいは判断できる。
振り向いた時には、慌てたように顔を逸らされたが。ほんのり頬を染めたバツの悪そうな表情は、間違いないと確信できた。
(可愛すぎる……あれは反則だろう)
アルフォンスは、エリーと密着していた腕をギュッと掴む。
馬車の中。華奢な肩が押しつけられるたび、自分の鼓動が大きく音を立てているようで、エリーに聞こえるのではないかと気が気ではなかった。
自業自得だが。
そもそもアルフォンスは、確実にエリーと並べるタイミングで奥の席を取ったのだ。文句を言われたら、風景を見たかったとでも言えばいい。そう言い訳まで考えていたが、エリーは何も言わなかった。
ただ、無言が嫌だったのか……。途中からエリーは話しかけてくると、アルフォンスの目的地を尋ねた。
(まあ、ちょうど良かったな。運良く、ブレスレットも見せられたし)
少し冷静さを取り戻す。ポケットからブレスレットを取り出し、握りしめるとまた歩き出した。
本来なら――学業に必要の無い物は、持ってくるべきではない。
だがアルフォンスは、自分の住んでいた離宮にブレスレットを置いて来るのは不安だった。執事をはじめ侍従や侍女は皆、王妃の息がかかっている。
大切な物は、置いてはいけない場所だから……学校まで持ってきたのだ。
以前、訓練場の武器庫に納品にやって来ていた鍛冶屋に、何気なく直せるか尋ね、店の場所を聞いておいた。
べつに急ぐ用事でもなかったので、機会があれば行ってみたい……そのくらいに考えていたのだ。
そんな時、たまたまだった。
慌てて職員室に入って行くエリーが外出すると知り、それに合わせ、アルフォンスも鍛冶屋に行くことにした。
――いつか直したいと思っていたブレスレット。
エリーゼと出会った日もつけていた物。
アルフォンスが熱にうなされていると、エリーゼはそのブレスレット嵌めた手を、ずっと握っていてくれたのだ。エリーが彼女なら、覚えているかもしれない。
そんな淡い期待を、アルフォンスは抱えていたが。
反応は普通……。感じは良かったが、アルフォンスが期待したものではなかった。
魔石を見つけてから、アルフォンスはずっと考えていたが、結論は見出せていない。あの日の出来事が夢なのか現実なのか、未だに分からないもどかしさ。
そして、距離を取っているにも関わらず、以前にも増して、エリーの存在がアルフォンスの中で大きくなっていく。
(いや、それよりも。もしエリーゼとエリーが同一人物だとしたら? ……疑問だらけだ。そうしなければいけない何か……理由があるのだろうか? そして、あの場にはデールもいた)
エリーがエリーゼである可能性。
それをハッキリさせたくて、エリーの情報を探っていたが、アルフォンスも知っている内容しか出て来なかった。
――ハッキリしたのは、エリーが男だという事実は無いということ。つまり、女の子だった。
可能性は一気に上がる。
(性別を隠していた訳じゃなかったし。寮でも、女子の為の階を使っていたし……な)
むしろ、今まで違和感がなかったことに首を傾げた。先入観とは恐ろしいと反省する。
他の力が加わっていたとは、アルフォンスは夢にも思わなかった。
そんな時に訪れた、エリーと接触するチャンス。
(まさか、ベンジャミンに捕まるとはな……)
ベンジャミンは、入寮時に広い校内で迷子になっていた。先に案内を受けていたアルフォンスは、寮まで案内したのがきっかけだ。
初対面からベンジャミンは、気さくだった。
持ち前の明るさで、すぐに周りと打ち解け、アルフォンスが周囲から孤立しなかったはベンジャミンのお陰だった。
(正直、いい奴だとは思うが――)
ベンジャミンを……というか、アルフォンスは他人を信用できない。身近な者に裏切られた記憶が、他人を信用するなと常に言ってくるのだ。
だから、一線を引いていた。
◇◇◇◇◇
ふと見上げると、メモに描かれたマークと同じ看板があった。
アルフォンスは、店名の代わりに掘られた剣の模様を確かめると、木の重い扉を引く。
――カラン、カラン。
扉に付けられていた鈴が、低い音色で鳴る。
店内には、剣の他に細かな装備品までも並んでいた。小さな村だから、ここに来れば必要な物は一通り揃うようになっているのだろう。
「いらっしゃい……ん? よお、坊主か! よく来たな」
鈴に呼ばれ、スキンヘッドに髭をたくわえた、いかつい店主がカウンターの奥から現れると、アルフォンスに声をかけた。
「どうも。前に伝えたブレスレットの直しと――これの加工をお願いしたいのですが。……出来ますか?」
アルフォンスは学生らしい口調で言うと、カウンターにブレスレットと、小さな魔石を置いた。
「ほう……」
店主は、魔石を摘み光に翳す。
「小さいが、純度が高いな。……それなりの魔物のものだな。で、これを何に加工したいんだ?」
「常に身に着けられる……男女問わずの物が」
「は? 女物のアクセサリーはウチじゃないだろう……」
店主は言いかけると、ニヤッと笑う。
「もしかして、この魔石……坊主が初めて取ったものか?」
「ええ、まぁ」
「なるほどなっ。わかるぞ、初めての戦利品は好きな女にプレゼントしたいもんなっ」
「そんなんじゃないっ……です」
「照れるなって! 俺も昔はそうだった。プレゼントじゃないていで自然に渡したいんだろ? いや、若いなぁ」
ニヤニヤが止まらない店主は勝手に話を進める。
アルフォンスは否定するのも面倒になってきた。渡し方に関しては、ほぼ図星だからしょうがない。
「よし、わかった! 今、祭りの露店に行って留守だが、細工の得意な弟子がいる。腕は俺が保証する。そいつで構わないか?」
「はい。お願いします」
店主に大まかな希望を伝えると、その店を出た。
(……訓練より疲れた)
予定より早く済んだので、とりあえず祭りがやっている広場に向かうことにした。




