25. 目的地
乗り込んでから、馬車に揺られること数十分。
初めは――。
エリーゼたち四人でゆとりを持って座っていたが、停留所に立ち寄るたび、徐々に人が乗ってくるので、気づけばぎゅうぎゅうになっていた。
(乗合馬車は本数が少ないから、仕方ないわよね。……にしても、近いっ!)
アルとデールに挟まれるように乗っていたエリーゼは、小柄な身体をさらに小さくするように座っている。
なぜその順番になったのかというと――エリーゼが一番奥に座ろうとしたら、さっさとアルが奥へ座ってしまったのだ。
まあ、身分を隠しているとはいえ、王族である人間が見知らぬ人と隣に座るのは、さすがに抵抗があるのかもしれない。アルが奥に座ったため、エリーゼはその隣に腰を下ろした。
そして、デールはガッシリとベンジャミンをホールドすると、自分はエリーゼの隣に座り、ベンジャミンを外側に座らせた。
ベンジャミンはひっきりなしに、祭りでの買い食い計画をデールに語っているので、順番的にはちょうどよかったのかもしれない。
(なんか、すごく盛り上がってるわ。熱量が違いすぎて、会話に入っていけない……)
ガタガタと馬車が揺れるたびに、エリーゼの肩がアルの腕にぶつかってしまう。
なのに、アルは外を眺めたまま、ずっと無言。あまりにも密着しているせいか、エリーゼは居心地が悪かった。
(デールと密着するのは……悪魔だし、普段からフェレット姿で慣れているせいか、全く気にならないけど。うーん……よし!)
エリーゼは気分を変えるため、黙って風景を眺めているアルに、さっき聞きそびれたことを尋ねた。
「アルは、何の店に行くの?」
「え……ああ。……鍛冶屋に」
話しかけられると思ってなかったのか、驚いたように少し間をおいて答えた。
「鍛冶屋?」
エリーゼは首を傾げた。
この学校は公国の中でも、魔物の生息地に最も近い場所にある。
だから、近隣の村では酪農や農業も多少は行われているが、気候もあってか職人の工房が圧倒的に多い。
二年生になるにあたって、これから使う防具や本物の剣は先日受け取ったばかりだ。つまり新品。
学校で使う備品は、村の鍛冶職人が修理を請け負っている。もし不具合が出たとしても、学校を通せば修理ができる。自分から鍛冶屋に出向く必要はない。
「……修理してもらいたいものがあるんだ」
「そうなんだ」
一瞬、あの留め具が思い浮かんだが、それならば学校で直すはず。それ以上、尋ねるのはどうかと迷っていると、アルはポケットからゴソッと何かを取り出した。
それは――小さなブレスレット。
「子供の頃に貰った物だ……小さくて、はまらなくなったから」
エリーゼはドキッとした。見覚えのあるそれは、子どもの頃に助けた少年の手首にあった物だ。
きちんとした身なりには、あまり似つかわしくないブレスレットだったので、印象に残っていた。
アルはわざとエリーゼに見せたのかと、勘繰ってしまう。
(いやいや、そんなわけない。今日は、たまたま鉢合わせただけだし。でも、わざわざ嵌められない物を、学校にまで持ってくるなんて)
「……大切な物なんだ?」
「ああ。昔、一度だけ行った祭りで……母親に買ってもらったんだ」
アルは懐かしむように、優しい目でブレスレットを見た。
(だからか……)
エリーゼは納得した。
王室関係のところで修理するには、安物すぎて取り合ってもらえなかった。というか、この質では……見せることすら憚れたに違いない。
それでもアルにとっては宝物なのだろう。
鍛治屋は、鍛冶職人の他に、宝石職人、革職人などさまざまな職人と繋がっている。栄えた都とは違い、職人と直接やり取りができる。アルにとってはいい機会だったのかもしれない。
「直ったら、また着けられるね」
珍しく穏やかな表情だったアルにつられて、エリーゼはにっこり笑った。
「そ……そうだなっ」
照れくさかったのか、アルはぷいっとまた外を向いてしまった。
(あ、耳が真っ赤だ)
年相応のアルの姿に、エリーゼは笑みがこぼれた。
◇◇◇◇◇
「あー、ケツが痛え!」
馬車を降りた途端、ベンジャミンはお尻をさすりながらそう言った。
舗装があまりされていない道は、なかなかの振動だった。
「確かに痛いね」
エリーゼも同意したが……
「そうか?」とデール。
「鍛え方が足りないんじゃないか?」とアルまでも。
(くっ……イケメンはお尻の皮が厚いのかしら?)
帰りの馬車の時刻を確認するアルとデールの後ろ姿を、ついつい凝視してしまった。
『おい、変な目で見るな!』
デールの声が頭に響く。慌ててエリーゼは目を逸らした。
(べ、別に変な意味じゃなかったのにっ。さすが、悪魔……勘がいいわね)
エリーゼがそんなことを考えていると、アルが振り向きベンジャミンに声をかける。
「俺は、ここから別行動するから」
「わかった! じゃあ、帰りの馬車の時間に、またここに集合なっ」
頷いたアルは、さっさと雑踏に紛れて行った。
「まったく、アルはつれないよな〜。アルの用事済ませてから一緒に祭りを回ればいいのにさぁ」
ベンジャミンはアルを見送ると、寂しいのか文句を言った。
「時間が掛かるからじゃないのかな?」
「そうかぁ? だって、なんの用事かも教えてくれないんだぜ?」
「――え?」
(馬車の中で鍛冶屋に行くって……)
馬車の騒音で、二人の会話はベンジャミンまで届かなかったのだろう。
でも、アルが意図してベンジャミンに伝えていないなら、エリーゼから言うことではない。
(ブレスレットの件は、あまり知られたくないのかもしれないしね。……ん? じゃあ何で私には見せたのかしら?)
ふと視線を上げると、デールは唇に人差し指を立て、色っぽくウインクをする。
デールは、ベンジャミンに相づちを打ちながら、アルとエリーゼをしっかり観察していたのだ。
(あ、言うなってこと? それにしても……最近、フェレット姿以外でも、あざとかわいい仕草するんだからっ。私より色気あるし……)
思わず、エリーゼは自分の短い髪を触る。
「さて、おれらも行くか!」
ベンジャミンを先頭に、早速お祭りを見て回ることにした。
もちろん、香ばしい焼き物の匂いが漂ってくる方向へ。




