小話2「この世界で許された幸せ」
2月14日。
世の中はバレンタイン一色で、皆楽しそうに浮かれている。
「ねぇ、何読んでるの?」
「……ん?
別に大した物じゃねーよ」
俺はきっとつまんなそうな表情をしながら、本を読んでいる。
ノエルは何か言いたげに、俺の向かいに座っていた。
「それよりノエルこそどうしたんだ?雛菊の本部まで来て。
依頼は無いのか?」
「きょ、今日は前から休みにしてたし……」
「………」
一瞬だけノエルの方をチラッと見て、また本に視線を戻す。
「あぁ、もう!
私が来たんだから、読むのやめてよ」
「………分かった」
まぁ特に先が気になる訳じゃないし、と本を置いた瞬間の事だった。
「何読んでるのって、言ったでしょ!」
「あぁ!!
ば、馬鹿……ノエルが読むにはまだ早───」
「それ、5年前も聞いた。
どれどれ、どんな内容なのかなー……………………………」
ノエルはだんだんと内容を理解したのか、固まってしまった。
「………ああああ、アオト……ななな、なんでこんなの読んで───」
「ご、誤解だ!
暇だから昔買って読んでなかった本をだな───」
「つまらなさそうに何読んでるのかと思ったら!
アオトの変態!!」
「うわっ!」
ノエルは本、もとい官能小説を俺の方にぶん投げてきた。
顔を真っ赤にし、どこか怒っているようにも見える。
「せっかくバレンタインだから色々準備してきたのに……」
何やらブツブツと小さな声で言っている為、聞き取れない。
「な、なぁ……別にこれ読んで興奮してたとかじゃねぇし」
「こ、興奮!!?」
「そこだけを切り取って言うなって!」
幸い、今この家には俺とノエルしか居ない。
どう誤解を解いたらいいものか。
「じゃ、じゃあ……なんで、こんなの読んでたの?」
「えーっと、今日ってバレンタインだろ?
俺には関係ねーし、暇だしそれっぽい事やるかと思って、この本の事思い出してだな。
読んでて思ったけど………好みじゃない、とまではいかないがもどかしいというか。
やるならもっと───」
「~~~~~っ!!」
「あ、ごめ……悪かったって。
ノエル、こういうの苦手……だよな?」
俺はどうしていいか分からず、立ち上がってノエルの方へ近づく。
「………アオトって、やっぱり………そういうの、興味ある………の?」
ノエルは顔を両手で隠し、座ったまま動かない。
「……興味は……正直よく分かんねぇ。
性欲がねぇ訳じゃねぇけど……今までそういうのを見て、自分自身でそういう事した事ねぇし。
好き……とかも、正直よく分かってなかったし」
ノエルと出会うまでは恋愛とかよく分からなくて、成り行きでそういう関係になったり、好きを知りたくて結ばれた事はあったけど。
その誰とも違う、本物の感情はノエルにしか向けた事は無い。
こんなの言い訳にしかならないが、過去に付き合った人を本気で好きじゃなかったとか、大切にしなかったとかじゃなく。
本物がどうなのか分からなかった、というか。
「………わ、私じゃダメ……なの?」
「……っ」
指の隙間から潤んだ瞳で見られ、心臓が早鐘を打った。
ようやくノエルの言った意味が分かった気がする。
俺はノエルの前にしゃがみ、彼女の手を握った。
「ダメじゃない。
……そういう理由で読んでたんじゃねぇから。
ごめんな」
俺は立ち上がるとノエルの頭を優しく撫でる。
そのままぎゅっと抱きしめる。
「………こうすれば、私が許すとでも思ってる?」
「らしくない事言うなぁ。
そんなんじゃねぇって。
ただ……嫉妬してるノエルが可愛いって、純粋に思った……から」
「…………!!!」
ノエルの手が俺の背中に回される。
「ず……ずるいよ」
ノエルは立ち上がると、より一層ぎゅっと抱きしめられる。
温かくて、柔らかくて、甘い香りがして。
彼女の全てを抱きしめていると思うと、どうしようもなく幸せで、同時にこれ以上は許されないのだとやり切れない感情になった。
落ち着いた俺とノエルは先程と少し場所を変え、ソファーで隣同士に座っていた。
「…………はい、これアオトに。
バレンタイン、だから」
お洒落な紙袋を手渡される。
「こ、これって………」
「そ、そう………手作り。
頑張って作った、から。
綺麗に出来てると思うし」
「中、開けてもいいか?」
こくり、とノエルは頷く。
俺は紙袋から取り出し、包み紙を丁寧に取って、箱を開ける。
「わ……すごいな」
ハートやくまなどの形になったチョコレートが6つ。
普通のチョコや、ホワイトチョコ、ビター。
可愛らしくアイシングされたものや、シンプルなもの。
目で見ても楽しめる。
「そ、そそ……その。
よ、良かったら……で、いいんだけど。
1つだけ、食べさせて、あげる」
俺は驚いて、ノエルの方を見る。
ノエルは俺の目は見ずに、頬を赤く染めている。
「なら、ノエルのオススメを」
「じゃ、じゃあ……これ」
ノエルが持ったのはピンクのハート型のチョコレートだった。
赤いアイシングがされている。
ノエルが手に持つと、
「ほ、ほら……あーん……して?」
「………あー」
口を開けるとそっとチョコレートを入れられる。
口を閉じると、俺の唇とノエルの指が触れ合った。
ノエルは指をそっと横になぞると、恥ずかしそうに手を戻した。
「……どう?」
噛んだ瞬間いちごチョコレートの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
クランキーチョコになっており、果肉が入っていて食感も心地いい。
「うん、すごく美味いよ。
俺が食べてきたどのチョコよりも美味しい。
やっぱりノエルの作る食べ物はすごく好みだし、何よりノエルの気持ちが伝わってきて……嬉しい」
「……そ、そんなに?」
「あぁ」
「そ、そっか。
ちゃんと伝わったんだ。
……私の作る物が好み、なんて言ってもらえて……すごく嬉しい」
ノエルの笑顔は眩しくて、愛おしくてたまらない。
潤んだ瞳も、赤く染った頬も、魅力的に艶のある唇も。
この世の誰よりも美しく、愛らしいと思った。
……ああ、俺本当に幸せ者だな。
こんなに、沢山の想いを受け取って。
いつか理性が壊れてしまいそうになるのが怖い。
けれど、今はそんな恐怖など薄れてしまう程、彼女からもらった幸せに、溺れていたいと願った。




