一緒に理由を
舗装された山の道を歩く。
空は真っ暗で、山は空と同化し、より一層黒く見えた。
たまに民家が建っており、その横を通り過ぎる。
静かで聞こえるのは虫の音と、前を歩く話し声。
そんな最後尾を歩いていた俺に歩幅を合わせたのは、他でもないノエルだった。
「さっきは驚かせちゃったね」
「全くだ。
……けど、ノエルらしいな」
「ふふ、そうかもね。
……アオト、私ね今でもこの争いを終わらせたいって願ってるの。
そのために強くなったし、本気で止めたいって思ってる」
ノエルはあの頃から変わらず不可能に近い、誰もが望んでいる光を目指し続けている。
その事に何故か安心している自分がいた。
「けど、さ。
それだけのためについて来た訳じゃないんだ。
……こんなのあまりにも我儘で、個人的な理由で……本当は良くない事だって分かってる。
でもね、それでも私は……アオトと一緒に居たかったんだ。
アオトと一緒に戦いたい。傍に居たい。
それが、一番の理由なんだ」
「───」
その言葉が何より嬉しくて、自分勝手な行動だとしても救われた気がして。
「ありがとうな」
そう一言呟いた。
───山を登るに連れ、家も少なくなり妙な気配を漂わせてくる。
「皆、ここからは引き締めて行こう」
無言で頷く。
ノエルと繋いでいた手を一瞬強く握り、ふっと離れる。
ここからは今まで歩いていた道と違う。
何が起きたっておかしくない。
やがて妖しい紫の霧が周囲に立ち込める。
舗装された道はなくなり、小石が転がる砂場へと変わる。
そして、誰か倒れているのを発見した。
「……ダメみたい」
血を流して倒れていた人間の男性は既に亡くなっていたようで、リツが首を横に振った。
「先へ進もう」
倒れている死体の数が増えていき、立ち込める霧も更に濃くなってきた。
恐らく幹部の仕業だろう。
リーダーはこんな殺し方はしない。
ただ斬り捨てるような殺し方は。
前が見えない中、気がつくと俺の周りには人が居なくなっていた。
どうやら気がつかない間に敵に誘導されていたようだ。
「……出てこい、居るんだろ?」
「ありゃりゃ、バレちゃってたか」
木の陰から出てきたのは男性の亜人。
背丈は俺と同じぐらい。
今分かるのはそれだけで、ぼんやりと影が見えるだけだった。
「僕はミナタって言うんだ。
君は確かアオト……だったよね?」
「………」
ミナタ。
幹部の一人で、殺し方は的確に人の急所を斬り失血死させる。
亜人側でもマシな殺し方をする奴だ。
「俺に何の用だ?
こんな事までして何がしたい?」
「何って決まってるだろ、話だよ話。
僕ねずっと前から君の事が気になってたんだ」
「生憎お前と話す口は持っていなくてな」
鞘から刀を抜く。
「おいおい落ち着けって。
……君と僕って結構似てると思うんだぁ」
「俺とお前が?」
「僕ね……昔に──された事があるんだ。
穢い人間にね。
その時君を──」
「今すぐその口を閉じねぇと叩き斬るぞ!!」
地を蹴り刀を振り下ろすも相手の剣に防がれてしまう。
「そんなに怒らないでおくれよ。
君と同じ目に遭った『被害者』じゃないか。
何をそんなに怒るんだい?」
刀が弾かれ、構えながら口を開く。
「お前のその態度が気に入らねぇんだよ。
もし……もしお前が俺を見た事あったとして──」
強い動悸と呼吸の乱れ、それを誤魔化すように相手の隙を潰すように刀で突く。
「素知らぬフリして見てた癖に……手を差し伸べ無かった癖に……!!」
「君自ら犠牲になりに来たんだろ?
僕らは一度も『庇って』なんて言ってないさ。
君が勝手にやっただけだ」
「───っ!!」
感情的になりすぎて周りが見えていなかった。
俺の刀は空を突き、相手の脚がゆっくりと近づいてくる。
「人助け……なんてくだらない事やらなきゃ良かったのにね!」
「がはっ……!」
脚が鳩尾に直撃し、その勢いのまま後ろの木に叩きつけられる。
「げほ……はぁ………はぁ…………」
視界が滲む中、相手を睨みつける事しか出来ない。
「そうすれば傷つく回数だって減ったはずさ。
誰かを犠牲に生きていく事の何が悪い?
今だってどこかで犠牲になっている誰かがいて、知らないどこかで幸せに暮らしている誰かがいるんだ。
そうやって世の中は出来ているんだよ。釣り合いが取れるようにね。
プラスとマイナスは一定であるべきだ。
だからそのマイナスは全ての人間に」
剣を持ち、こちらに歩いて来る。
まずい……このままじゃ殺られる。
なんとか刀を握り、それを支えに立ち上がろうとする。
「さっきのが相当効いたようだね。
無理だよ、今の君に反撃なんて」
剣の先が目の前にある。
どうして動けないのだろう。
いつもならこの程度の攻撃じゃ、こんなことにはならないのに。
──心臓が破裂寸前かのように脈打っている事に、呼吸が苦しい事に。
どうして今まで気づかなかったのだろうか。
「はぁ………はぁ……………」
「あぁ……もしかして、『トラウマ』を蘇らせちゃった?
クク……そんな事で動けなくなるなんて」
顎を掴まれ、ぬっと近寄ってくる。
「よっぽどあの出来事が恐ろしかったんだね」
耳元で囁かれ、背筋がぞっとする。
手から刀が離れ、地面に倒れる。
「はぁ……はぁ………は、はな……れ」
「───なっ」
「───っ!」
そこに現れたのは、剣を構えたノエルだった。
「な……んで」
「大丈夫?
何もされてない!?」
ノエルが駆け寄り、手を握って背中を優しくさすってくれた。
そのおかげか徐々に症状が収まってきた。
「そんなのに構ってる暇なんか──っ!?」
「アオトに近寄らないで」
速すぎて動きが追えなかった。
いつの間にかノエルは立ち上がり、あいつの攻撃を防いでいたのだ。
「絶対に手出しさせない!
私の……私の大切な人だから」
「……はぁ?
その亜人が?
お前人間の癖に亜人に───」
「人間とか亜人とか関係ないでしょ。
私の大切な人に種族なんて関係ない!」
後ろに飛び退いた亜人はノエルの事を顔を歪めて睨んだ。
「……お前みたいな人間が一番大嫌いだ!
せっかく俺があいつを生の苦しみから逃れさせてやろうとしてるのに!
何故邪魔をする!」
「生の苦しみですって?
アオトが死にたいって言ったの?
言ってないのなら勝手に決めないで」
「お前こそ勝手に決めてるじゃないか。
そいつがいつ生きたいって言った?
僕には分かる……同じ目に遭った僕には……そいつが死にたがっている事に」
「…………」
振り向くノエルと目が合う。
俺は耐えきれずに目を逸らしてしまった。
「───だとしても私が一緒に、生きたくなるような理由を見つけてあげる。
絶対手を離したりなんてしない」
「なんだよ……なんなんだよその目は!?」
苛立ったように、剣を振り上げ襲い来る。
「遅い!」
「あぁ……っ!」
情けない声を上げ、剣が落ちる。
そこへ、隙なく首に剣を当てたのはリツだった。
「遅れてごめんね。
……斬られたくなかったら大人しく手を挙げて膝立ちしろ」
「ぐっ………」
悔しそうに顔をしかめるミナタは従う意思を見せた。
「大方こいつの部下は縛り上げたわ」
続いてメヅキ、クレノの続々と仲間達が姿を現した。
俺も立ち上がり、軽く服を払うとノエルの元へ。
「その……ありがとうな。
俺───」
ぎゅっと抱きしめられ、一瞬驚くも抱きしめ返す。
「お願いだから……私の前からいなくならないで。
さっき言った事……本心だから。
だから……!」
優しく頭を撫でる。
「あぁ……分かってる。
本当に……ありがとうな」




