こいつのせいで
とある館の前に、俺とヨミとエンゲとリツの4人が立っていた。
「中には2人で入ってもいい?」
ヨミがそう告げるとリツは頷き、「気をつけて」と一言告げる。
重い扉を開くと、むわっとむせ返るような空気が出迎える。
玄関で靴を脱ぐことなく、ヨミと2人土足で立ち入った。
無言のせいか館の造りのせいか、足音がいつになく響いて聞こえる。
廊下には血が飛び散った跡が其処彼処にあり、メイド服を着た女性の死体が1人、2人と転がっている。
「…………」
ヨミの手を握る力が強くなるのが見て分かった。
俺はヨミの過去を知ってる数少ない人物だ。
彼女の身に何があって、今があるか。
彼女の受けた屈辱を、仲間の中で唯一共感できるのも俺だ。
だからこそ、今彼女が何を思いどんな感情を抱いているのか分かってしまう。
本当の意味で理解など、できはしないけれど。
だって同じような屈辱を受けたという共通点はあるものの、受けた苦痛はその人本人のモノだから。
やがて廊下の突き当たりに着くと、扉の前でヨミが止まる。
ドアノブに手をかけ、固まること数秒。
意を決し、ドアを開く。
「………」
そこにあったのは、首が跳ねられた大柄の男の死体が一つ。
「………」
言葉を発することさえ憚られるような張り詰めた空気。
ヨミの呼吸がだんだんと荒くなっていく。
「………よ」
俺はヨミの方を見ることしかできない。
「……こいつで………間違いない……わ」
「…………そうか」
「こいつが………こいつの……せいで……なんで……よりにもよって!」
今にも飛びかかりそうなヨミの両腕を掴み、短剣を遠くへ投げた。
「アオト止めないで!
こいつを殺せないならせめて体中を刺すぐらい許されるでしょ!!
どーせ死んでるんだから!!!」
今まで聞いたこともないような怒声を上げ、暴れるヨミ。
「落ち着け……落ち着けって!」
必死になって、死体に近づこうとするヨミを押さえる。
「こいつの……こいつ………こいつっ!!」
足で死体を蹴ろうと足をジタバタさせる。
「やめろ……いいから落ち着け……っ!」
「うぐっ……なんで……なんで止めるの!!
あんたなら気持ち分かるでしょ!!
それなのに……なんで!!!」
座り込んでも尚泣き叫び暴れている。
「あぁ分かるよ……俺だってあの時今のヨミみたいな気持ちだったさ。
けど……けどな、今冷静な俺だから言うけど……それはやっちゃいけねぇ事なんだ」
「どうして!?
あいつあたしに何をしたか知ってるでしょ!!?
それも一度や二度って話じゃ……」
「ヨミの怒りは当然なもので、そいつを滅多刺しにしたい気持ちだって分かる。
けれど、けれどだ。
やってしまったら、もうやる前には戻れねぇんだ」
「それが何よ!
あたしがずっと望んでた事よ?
リツはやめろって言ったけど、あたしはこの機会をずーーっと待ってた!
なのに、あいつが殺しやがって!!」
後ろから抱きめしるように体を押えても、ヨミの怒りは暴れる体は収まらない。
「お願いだから止めないでよ……!!」
「俺が、嫌なんだ!!
綺麗事だって分かってる。
蹴ったり刺したりする権利は十分あるって理解してる。
けど、俺はヨミにそんなことしてほしくねぇんだ……。
これは俺の勝手で迷惑なエゴなんだよ」
「何よそれ……ほんっっと迷惑!
なんで……なんで………なんで…………。
そんな……こと、優しい事……言うのよ」
そこでようやく力の抜けたヨミが俺の方を向く。
俺はヨミの体を強く抱きしめた。
同じ痛みが分かる者として。
「うぅ……ねぇ………ねぇ、どうしたらいい?
あたしどうしたらいいの?
ねぇ………答えてよ……。
……あたしのこの気持ちはどうしたらいいの!?
この感情は」
堰を切ったように泣き叫ぶヨミをただ抱きしめる事しか出来ず、ヨミの問いに答えることは出来なかった。
***
館を出るとリツとエンゲが心配そうに立っていた。
「それでどうだったの?」
「あいつで間違いなかったわ」
「そう……もうちょっとで点睛が到着するけど」
「あたしもう帰る。
3人とも着いてきてくれてありがとね」
「俺も一緒について行くよ」
「大丈夫。
ちょっと一人になりたいだけ」
エンゲの誘いを断り、横を通り過ぎていく。
「それで犯行は?」
「あぁ、あいつで間違いない」
「亜人側のリーダー直々とはね。
嫌がらせかな?」
「いや……あいつなりの慈悲なんだと思う。
こんなの間違ってるけど」
「慈悲……ね」
「全部知ってた上でやったって事かよ」
「うん、そうだろうね」
「意味……分かんね」
俺にももう分からない。
だってあいつと過ごした日々は遠い昔なのだから。
届かないぐらい遠くて、眩しく直視することすら出来ぬ程に。




