分かってしまうから
朝、下に行くと皆ソファに座っていた。
まだ何人か起きていない人もいるようだが……。
「おはよう、アオト」
「あぁ……で、これはなんの集まりだ?」
「なんか言わなきゃいけないことがあるんだってさ。
だから皆が起きるの待ってるの。
まぁ、集まるまでそんな時間かかんないと思うけど?」
リツの代わりにヨミが少し不機嫌そうに答えた。
「そういう訳だから」
「なるほどな」
ヨミの隣に座り、待つこと15分──
「よし、全員集まったね」
「ふわぁ〜……あんまり長くならないでよね。この後約束があるんだから」
欠伸をしながらそう言ったのは四月担当のエトリ。
兎の亜人で、薄い青色の長い髪を頭の下で2つに結んでおり、おっとりとした顔立ちとは裏腹に言葉がキツい女性だ。
「フッ、一番遅く起きといてそう言うか」
腕を組み、薄く笑みを浮かべながら言ったのは十二月担当ロイ。
狼の亜人で短い銀髪、無口な男性だ。
「何よ、ちょーっと意見言うぐらいいいでしょ?」
「意見、か。物は言いようだな。
意見ではなく文句、または注文だろ?」
「あんたねぇ……!」
「まぁまぁ2人とも、落ち着いてって。
すぐ終わるから、ね?」
エトリはふんっと顔を逸らし、ロイは鼻で笑うと目を閉じた。
「今日集まってもらったのは、明日からの活動のことで」
その言葉で全員の視線がリツに集まる。
「暫く『ヒュプノス島』で活動することが決まった。
理由は最近人間側と亜人側の動きが活発っていうのが大きいかな」
「んで、行く人数は?」
ロイが片目を開き質問する。
「本当なら半分の6人で行ってもらおうと思ってたんだけど……そうは行かなくてね」
「何か問題?」
エトリが真剣な表情で聞く。
「あの島って、結構大きいでしょ?
1箇所とか、その周辺とかじゃなくまばらで。
いちいち移動してたらキリないから、全員を派遣して各地域を担当してもらおうって」
「はいはーい、質問いいですかぁ?」
陽気な声で元気よく手を挙げたのは、九月担当のジュイ。
狐の亜人で、アプリコットピンクのツインテール、背はこの中では一番低い女性だ。
幼く見られがちの彼女だが、年齢は最年長の27だ。
「いいよ」
「全員が行くってのは仕方ないかもだけど、その間他の島とか今いるとこを空けといて大丈夫なのかなぁって。
ほら、罠って訳じゃないけど全員が行ったうちに〜みたいな。
そこんとこはどうなってるのかなぁって、思ったんだけど」
「そこは上と相談して、合意の上で決まったことなんだ。
この国には今いる場所を含め、4つの島があるでしょ?
まぁ一つは、普段行けないと言うか……秘密というか……そんな感じだけど」
──ミザール。
それが今俺たちが居るこの国の名だ。
俺たちが明日から派遣されるのが、空に浮かぶ眠りの島「ヒュプノス」。
俺がこの組織に入る前に1年だけ住んでいた、かつて女性のみが暮らしていたとされる海に沈む魅了の島「フレイヤ」。
そしてこの国の中心であり今居る海に浮かぶ島が、死の島「タナトス」。
最後の島は行ける方法が限られており、存在を知らない人も多く存在する。
何故ならば存在するのはここではなく『宇宙』と呼ばれる場所にあるからだ。
住んでいる人も、そう多くはないらしい。
その島の名は──星の島「アストライア」。
「被害の多いヒュプノスに僕たち雛菊が向かって対処し、フレイヤには白夜と烏丸が。
で白夜と烏丸の半分、地平線でこの島を護るみたいだからきっと大丈夫だと思うよ。
そもそもアストライアには強い人が多いのと行ける方法が限られてるし、この国で唯一人間と亜人が仲良く暮らしてる島だからあまり心配いらないだろうしね。
一応、天狼星の子達が何人か向かうそうだけど」
「そっか、なら安心だね☆」
俺たちが中立組織の中で一番強く戦闘特化なだけで、全員が普通の亜人よりも強い存在ではあるのだ。
ただサトゥルのように自分を守ることで精一杯の者や、1人で戦うことが得意な者といったように、戦闘の場面が限られてくる。
その中でも雛菊は、基本的にどんな戦闘でも対応できるような技術を持った者だけが集められているという訳だ。
「ということで、明日朝6時には出ようと思ってるからそれまでに準備とか済ませといてね」
各々が適当に返事しながら解散していく。
俺も明日の準備のため、部屋に戻った。
* * *
夕方になり準備もとうに済ませた俺は、外に出て──言い方は悪いが、ボロい馬車に乗っていた。乗っている人は少なく、到底雨を防げそうに無い布天井。
2、30分程で目的地に着いた場所はというと、まだ夕方だというのに人っ子一人もいない不気味なまでに静かな街。
綺麗な家や普通の家もあるものの、ボロボロになっているものや空き家などが目立つのも事実だ。
そんな治安の悪い街を1人歩き、ある空き家の前で立ち止まった。
積み上げられている箱を使って屋根に上り、ガラスも無い窓から建物の中に入った。
家を通り抜け向かい側に降りると、家と家の間の狭い道を歩く。
その道を抜けると少し広がった空間に出る。1階分上がった所に一際怪しげな布が靡くお店兼家……と言っても見た目で言えば空き家と間違えられても仕方の無いものだが。
段差の大きい階段を上っていき、コンコンと扉をノックした。
「アオトです」
大きな声で言うと、カチャッと鍵が開く音がした。
扉が開かれたが、そこには誰も居ない。お邪魔しますと一言言うと、靴を脱いで廊下を歩いた。
廊下の突き当たりにあるリビングを通り過ぎ、右に曲がった所にある螺旋階段を上がって2階へ。
布が垂らされネームプレートが掛けてある扉をノックすると、中から現れたのは1人の女性。
「どうぞ、入りな」
俺は軽く会釈するとその部屋に入り、普段客が座るであろう椅子に座った。
俺を案内した4、50代には見えない美人の女性はその向かいに座る。
黒いシンプルかつセクシーなワンピースに、黒いマントを羽織っている黒髪の猫の亜人の女性。
彼女の名はローレニー・ミッテ・アインス。
「こんな所までほんとよく来てくれたね」
「あなたが呼んだんでしょう?
……ったく、まーだヤってるんですか?」
「バレたか………ってその言い方やめてよ。
まるで私がビッチみたいじゃない」
「あんま変わんないでしょう。
『臭う』んですよ、こーこ」
肘をつきながら人差し指で机を、この空間をさした。
「そんなにぃ?
そんなこと無いと思ったのになぁ。
だって、隠すために換気してこうやって匂い焚いてるのに」
姉さんが指さしたのは机に置かれた大きなガラス容器。
そこからモクモクとピンクの煙と甘い匂いが出ている。
「これ、本当に大丈夫でしょうね?
俺、さすがに嫌ですよ」
「大丈夫。
これはなにも害のない、ただのアロマみたいなものだから」
「あなたが言うと不安なんですよ」
「でもこういう所はちゃんとしてるでしょ?」
姉さんがくすりと笑う。
「……これでも心配してるんすよ?」
「なら、私を自警団に引き渡せばいいじゃない。
あなたならそれが出来るでしょ?」
「俺にそんな気無いですよ。
大体、俺の仕事は人間と亜人の争いを止めることで、中毒者を取り締まるなんてものじゃないし。
そういう人を捕まえなきゃ、なんて正義感持ち合わせてないですしね。
それに……そんなのを使いたくなる気持ち、俺もちょっとは分かるんで」
「そう言いながらも使わないのがお姉さんと違って偉い偉い」
撫でようとした手を左手で防ぐ。
「そんな『違法』なものじゃなく、合法なもん使えばいいじゃないですか」
「あんなのただの飴じゃない。
全っ然効果違うのよ?」
「合法なものの方が体に害が少ないですし……効果は違法なものに比べれれば全然あれかもしんないですけど」
姉さんは立ち上がると棚の方に歩いて行き、一本のお酒を手に取りグラスに注いでいく。
「合法なものの効果ってほんのすこーしの嫌なこと忘れられて、すこーしの多幸感しか得られないのよ?
違法なものって駄目だけど………最っっ高なんだから!」
「……だけど、使いすぎると──」
「昔、それで知り合いを亡くしたんだっけ?」
「…………」
グラスを持って席へ。
1つが俺の前に置かれる。
「──軽く1杯だけ」
ウインクされ、仕方なく乾杯する。
「うわ……これちょっとキツくありません?」
「ほんっとお子ちゃまなんだからぁ〜。
これぐらいなんてことないわ」
飲めなくは無いが……無理はしない方が良さそうだ。
酒に弱い俺に対して姉さんは化物級に強い。
酔い潰れてるのは何度も見た事あるが、そうなるまでに相当な量を飲んでいる。
「……で、なんで俺を呼んだんです?
いつもの調子で流されて、聞き忘れてたけど……」
「……ん?
ただこうして楽しく話したかっただけよ。
お店に来るお客さんとは違う、親しみのある友人でしょ?」
「それにしては歳が──」
バン、と乱暴にグラスが机に置かれる。
割れるのでは、と思ったが声に出さない方が良さそうだ……。
「おっと……口が滑ったなぁ………」
「……よろしい。フフ」
姉さんは昔、色んなことがあって家族とは縁を切ってるらしい。
「それにしても──」
今は占い師として、こうしてひっそりと生きている。
「こんな所に来て、『あの子』にバレないかしら」
「………やっぱり、気になるんです?」
「そりゃあね。
あんま話したこと無かったし、あの子が小さな頃に縁切ったから。
あの子の母親……妹のことは全然気にならないけどさ」
「……そういうことにしといてあげますね」
「るっさい」
言葉と同時にバチン、とデコピンが飛んでくる。
「いて……」
あの子……とは、リツ・ヴェルト・ミッテ・アインス。
つまり、この女性はリツの叔母にあたる人だ。
リツから姉さんの話は一度も聞いたことは無い。
ある日たまたま姉さんから声をかけられ、それから何度も会って話す数少ない友人になった。
「それよりも、あの子勘が鋭いからバレちゃいそうなのよねぇ」
「別にバレた所で、じゃないんですか?
今の所何も言われてませんし」
「そう?ならいいんだけど」
それ以降薬やあの子に関する話は一切無く、数時間お喋りをして帰った頃には21時を回っていた。
「おかえりアオト」
帰ると、リツがソファに座っていた。
「ん」
「どこ、行ってたの?」
「別に。知り合いの人と会ってただけだ」
「その人って、どんな人?」
「んだよ、やけに詳しく聞いて」
「いいや……僕はただ気になっただけ。
それと、アオトのことが心配なだけだよ」
「ガキじゃあるまいし……」
俺がそう小さく呟くと、リツは表情を変えずにこちらを見た。
「大人だからとか関係なく、だよ。
特に僕たちなんて──」
それから無言が続く。
──でも、それは『みんな』で決めたことだろ?
なんて、言い出せるでもなく。
「とにかく、あんま心配させないでよ?」
リツは俺の肩にぽんと手を置き、
「叔母さんと会ってたでしょ」
「……っ!?」
眉を下げ心配そうな笑みを浮かべたリツは、それだけ言うと自室へと戻って行った。
「あ、あいつ……ぜってぇ気づいてやがったな、今までも。
……なんで分かるんだよ」
小さく息を吐くように呟くと、ひとまず水を飲もうと立ち上がった。




