見える者、分かる者
島に着地したのと同時に風が止んだ。
まだ来たばかりなのにも関わらず、威圧感が伝わってくる。
目の前には眩しく光り輝く太陽と、それに照らされたどこまでも広がる岩肌。
そのどこまでも広がる空間そのものが、島そのものが、俺たちを飲み込もうとしているような。何にも例えることのできない強烈な威圧を感じさせてくるのだ。
「……………」
「………」
しばらく動けず、ただじっとその景色を見ていることしかできなかった。
「……っ!
こ、こんな所でぼーっとしている暇はねぇ。先に進むぞ。
ノエル立てるか?」
「う、うん……!」
今立っているのは恐らくこの島で最も高いであろう崖だ。
右を向くと岩を削って作られた幅の広い不格好な階段があり、そこ以外に行く場所が無さそうだ。
階段を下りると不思議な空間が広がっていた。
大きな倉庫のような場所に、大きな……箱?のような何か。
「こ、これは……何、かな?」
「え、えーっと………」
資料を取り出し、ページを捲って該当するものを探す。
「列車……という乗り物らしい。
で、ここは駅という場所だそうだ」
「列車?聞いたことないね」
「俺もだ。
扉が空いてるが……これは無人で動くものなのか?」
「無人で動いたとしても、動かすための何か……例えば魔力とかそういうのが無いと無理なんじゃ」
「だよな。……よく分かんねぇな。
俺は魔法とか苦手だから、魔力もあまり感じねぇし……」
まるで早く乗れと言わんばかりに列車からぴゅーと音が鳴る。
「ど、どうする?」
「………………………。
ここから目的の場所までは距離がある。
歩いて行くにしろ、飛んで行くにしろ限界がある………仕方ない、乗るぞ」
「わ、分かった」
中に入ると、たくさんの座席があった。
近くの席に座ると、扉が閉まりゆっくりと動き出した。
「だ、大丈夫……かな」
「さぁな。なるようにしかなんねぇよ。
……今更かもしんねぇが、この島の説明をするぞ」
──呪いの島、ムニン。
島自体の属性は硝子。
気候は寒くも暑くもない、涼しく暖かく比較的過ごしやすいもの。
この島に住めるのは短くて2年、長くて50年まで。必ずその間に住めなくなるような“何か”が起こる。
その代わりどの国よりもどの島よりも技術が発展し、便利で見慣れないものが多く存在する。
「問題はここからだ。
この島は朝や夜が普通じゃないんだ」
「普通じゃない?」
「今この島の空は朝や夕方みたいな感じだろ?
でも急に暗くなって夜になったり、逆に明るくなったり……要するにぐちゃぐちゃなんだよ。
だから時間の感覚がおかしくなる。あまり長居しないようにしねぇと」
「普通なら太陽が出てもおかしくない時間なのに、急に日が暮れたりするってことだよね?
でも、この島だけそんなことが起こるのっておかしくない?」
「だけど現に起こってるんだ。今でもその原理は不明だとよ。
他の島、ポリアフとかから一日中観察していても特におかしな点は無かったみてぇだし」
「ムニンでは夜に見えてても、ポリアフからはそうは見えてないってこと?」
「あぁ」
「……とんでもない島だね。
だからって来たことに後悔してないよ。逆に来てよかったかも」
「なんでだ?」
「やっぱりこんな危険な場所にアオト1人で行かせなくてよかったって」
「………そ、そうか」
それから静かな時間が続いた。
列車の中は落ち着いた雰囲気で、窓からは島の景色が流れるように見えた。
安全なものかも分からないのに、不思議とリラックスしている自分に驚く。
──しばらくするとキキーっと音が鳴り、列車が動きを止め扉が開く。
「着いた、みたいだな」
「降りよっか」
降りたのはさっきいた駅とはまた違う雰囲気の駅。
相変わらず外の景色は岩が多いが、街に来たような応えはある。
駅を出て、街の地図を見た。
「この島の調査が目的なんだよね?
具体的に何するの?」
「街とかを調査して現状を細かく書き記すんだ。
ここはこうだったとか、異常が無いか……とか。
それに、他の誰よりも俺がこの島に来る方が良かっただろうしな」
「どういう意味よ?」
「……あの列車から、何か感じないか?」
「列車、から?
不気味ではあったけど、特に何かを感じた訳じゃ………」
「そっか。
なら、調査始めんぞ」
「え、ちょっと質問の答えは!?」
駅を出てすぐのここは住宅街のようだった。
当然ながら人の気配は無く、辺りはしーんとしている。
聞こえるのは風の音と自分たちの足音のみ。
「家の中に入ったりしなくて大丈夫なの?」
「そんなことをしなくても、人や魔物がいたらすぐ分かる。気配でな」
「魔物もいないの、この島?」
「人が住んでない反対側の場所にはいるかもしれねぇが、何せ呪いの島だからな。
いたとしても厄介なものがいそうだ」
「そこは調査しなくていいの?」
「この島全体を回ってたら多分5日か1週間ぐらいかかるぞ。
外部の人間がいられる限界の時間がちょうど1週間だ。
1人にそこまで負担の大きい依頼を頼む程ブラックじゃねぇよ」
「その割には休みが無いなんて」
「それは仕方ねぇだろ」
歩いていると一つの建物に目が止まった。
二階建ての、普通の家より少し横に長い建物。
その近くに見慣れない乗り物らしきものと、謎の四角い機械。
この機械にはコインを入れる穴があり、中には見慣れない飲み物や水やお茶などがある。
どうやらボタンを押して飲み物を買う機械らしい。
「共同住宅に見慣れない乗り物と機械ねぇ」
「共同住宅……あまり聞き慣れないね。この変な乗り物?も機械もよく分からないし。
どれも村には無いものだから」
「あの乗り物とか機械は見たことねぇけど、共同住宅なら俺は知ってるけどな。
……都会な国や島ではこういうの多いしな」
「へぇ、そうなんだ。行ってみたいなぁ、いつか」
「……いつか、な」
住宅街を抜けると木や草に囲まれた公園が目に入った。
「休憩がてら入るか?」
「そうだね、そうしよっか」
ベンチに座り、調査書類に公園の様子を書き込んでいく。
遊具は錆びているものや砂で汚れているものばかり。
植物は元気に生い茂っているようだが…………。
「………………」
「……あの場所がどうかしたの?」
「……いや、気になっただけだ」
まだ確信がある訳じゃない……といってもほぼ確実に等しいぐらいに分かりきったこと。
俺じゃなきゃ分からないこと。気づけないこと。
休憩を終え公園を後にし、ひたすら道を歩いた。
日がどんどん傾いていき、空が薄暗くなってきた。
「……さっきまで夕方みたいだったのに、急に暗く……」
「異常、だよな。
明らかに日が暮れるような速さじゃねぇ」
チカチカと、街灯がついた。
暗くなると自動でつくようになっているのか?
だとしても………あれ自体からは何も感じない。
「か、勝手に……ついた!?」
「……まだエネルギーが残ってたのかもな」
「最後に人が住んでたのってどのくらい前?」
「……約200年か300年前」
「ぜっったいおかしいって!!
そんな前なのに残ってる訳ないよ!」
「い、いやぁ……あるかも、しんねぇぞ?」
「誤魔化さないで!」
学校の運動館──室内で運動をする場所──と共同住宅の間の道を通る。
共同住宅の地面付近にある明かりが灯っているが、ここは他と違う。
そう、本当の意味で俺とノエルの2人きりだった。
「ここは落ち着くな」
「ど、どこが?
私は明かりが怖くて……」
「でも、消えると今より更に暗くなるぞ」
「そ、それはもっと嫌だ……」
ここの事も書き込んでおかないと。
気配がある場所と無い場所の違いがいまいち分からないな。
広い道沿いには大きなお店があった。この広い道は、さっきあった乗り物が走るための道だろうか。
そこを通り過ぎるとまた、住宅街。
「今の所お店よりも家をたくさん見ている気がする……」
「仕方ないだろ、この辺り家が多いから。
もう少し行けば店も増えてくるみたいだ」
「そうなんだ」
ここの住宅街は先程いた所とは違い、高い建物が多かった。
「こんなに高い建物……私初めて」
「この建物に人が住んでたみたいだな」
「この建物の部屋全部に!?
……な、なんだか想像できない」
「いつか島を出る時が来たとしら、十分知る機会があるだろうな。
中を見させてやりたいが……」
「ううん、そこまでしてくれなくて大丈夫。
仕事だもん」
ノエルに軽く微笑みかける。
ノエルが仕事のパートナーになってくれて良かったと、ここに来て改めてそう心の奥底で感じていた。
高い建物に囲まれ、時々畑がある複雑な道。
そんな不思議で迷路のような道を通っていると……。
「あ、行き止まりだ……。
おっかしいな……ちゃんと地図見てたはずなんだが……」
「この辺り同じような景色ばかりだし、迷うのも仕方ないよ。
……あれ、ここ通れそうだよ?」
「ほんとか?」
ノエルが指さす方を見る。
人1人が通れるような細い道。すぐ隣には水路がある。
「ここ通るぞ。俺が先に行くから。
薄暗いから気をつけろよ?」
「うん」
なんとか無事に通り抜け、地図を開いた。
「このまま店が並んでいる道を真っ直ぐ行く、と」
「お店……なんだかお洒落……なのかな?
けれど、すごくワクワクする」
「村にはこんなにたくさん店ねぇもんな」
「お店の建物の雰囲気とかも全然違う」
ノエルは目をキラキラと輝かせて、周りをキョロキョロしながら歩いていた。
「ここを曲がって高い建物に沿って歩くと。
その次の曲がり角を左に……」
俺でも見慣れないような建物があったりとつくづく不思議な島だと思う。歩いていて他の島とは違う独特の雰囲気を常に感じさせたりするところも。建てられてだいぶ経つはずのに、どの建物もまるで数年前まで人が住んでいたような姿のままなのも。人が住んでいたのは2、300年程前なのに。
地面は最初降り立った時と変わらない、固い赤茶色の石。
あの場所からは大きな岩しか見えなかったのに、こうして街がある。
一部の岩を削ったり壊したりして、街を作っていったのだろうか。
そうやって色々と考えてしまう。考えたところで、何も分かるはずも無いのに。
「ここを左だな」
高い建物に挟まれた道。
その両脇にある明かりが、俺たちを出迎えるように灯った。
「…………」
「ま、また………ア、アオトぉ……」
「……怖い、か?」
「う、うん……だって、明らかにおかしいもの」
「………」
ノエルが俺の腕に抱きつく。
あまり言いたくは無いが、ノエルを安心させるために言った方がいいか……。
けれど反対に、余計に不安にさせてしまうかもしれない。
「俺のこと……信じてくれるか?」
「アオトのこと?
……そんなの信じるに決まってるよ」
「……なら、今から言うこと笑わないで聞いてくれるか。
………この全ての明かりの近くに、いるんだ」
「い、いるって……何が?」
「……ここで亡くなった人たちの魂」
「……………」
ノエルは驚いた様子で、口をぽかんと開けて俺のことを見つめていた。
「こ、この明かりぜ、全部……に?」
「……あぁ。
みんなこっちを見てるんだ。優しそうな顔で。
だから、悪いものじゃないと思う。
騙そうとする気配も──」
「ちょ、ちょっと待って……アオト、ちゃんと説明してよ。
……列車の気配のこと、公園の入口の方をじっと見てたり、街灯がついた時誤魔化してたのも………」
「……ノエルには何も見えてないんだろ?
ただの明かりしか」
「そ、そりゃあ……もちろん」
「……俺には、明かりの近くに人が立っているように見えてる。
透けてるし、気配も『生きてる』人とは違う」
「……つまり、死者が見えるって……こと?」
「……………あぁ。
……いきなりこんな事言って、気持ち悪い……よな」
ノエルはしばらく黙り、明かりの方をじっと見ていた。
「……行こ」
ノエルがそっと俺の手を握る。
「ノエル……」
「ごめんね、ちょっと驚いちゃって。
私、幽霊とか怖くて苦手だから……」
「す、すまん………よ、余計なこと……言っちゃった、よな」
「ううん。勇気を出して私に伝えてくれて、ありがとう」
ノエルはそう言うと優しく笑顔を向けてくれた。
普通なら気味悪がったり、馬鹿にしてもおかしくないのに。
ノエルは俺の言葉を信じてくれた。
「こちらこそ、ありがとう」
小さく呟いたこの声は、彼女に届いたのだろうか。




