中に居たモノ
ノエルの手の温もりを感じながら、明かりの灯る道を歩く。
互いに無言で、でも寂しくなくて。
心がさっきよりも軽い。
そんな穏やかな気持ちで道を進み、またまた見慣れないものが目に入った。
「な、なんだ……この道は。
橋……みたいになってる、のか?」
「地面から高い位置にある道……。
それを支えてるいくつもの柱………何なんだろう?」
「……下の方に列車が通る………線路、が見える。
そこを遠回りせずに上から通れるようにしてるのか」
道の下──高架下を通り、カラフルな店が立ち並ぶ左側の道ではなく、植物がたくさん植えられレンガでできた道や壁、ベンチがある右側の方を歩いて行く。
3分程で小川の上の小さな橋を渡り、一軒の家に着いた。
空はまだ完全に日も暮れてない暗さだったが、今度はどんどん明るくなっているようだ。
「今日はひとまず調査終わって、明日な」
「い、今何時ぐらいなの……?もう訳が分からなくなってきたよ」
「大体17時半ってとこか。
島渡ってたくさん歩いて、疲れただろ。さっさと家に入ろうぜ」
「ここ勝手に入ってもいいの!?」
「あー、説明忘れてた。
ここはこの島で『比較的』安全とされる家なんだ。
今まで島を調査してきた人たちも泊まってきた所だから、心配すんなって」
「そっか……なら一安心」
ノエルが『比較的』という言葉に引っかからなくて良かった。
そう、比較的なのだ。
この島に安全な場所なんて無い。
他の島に比べて常識も、何もかも通用しないような島なのだから。
* * *
夕食も食べ終え、ノエルは先にお風呂に入っていた。
俺は椅子に座って本を読んでいる。
外は明るくなるかと思われたのだが、今は真夜中のように真っ暗だ。
本当に長く居るとおかしくなってしまいそうだ。
「きゃああぁぁ!!」
「ノ、ノエル!?」
本を机に置き、ノエルの元へ走ろうとした時──
「い、いやぁああ!!」
タオルを持ってノエルが俺に向かって走り、抱きついてきた。
「ど、どうした?何があったんだ?」
「む、虫ぃ……」
「む……虫?」
「なんか黒いものがいたんだって!!」
「なんだ虫かよ……驚かせるなって」
「なんだじゃないよ!!もう……!」
俺は虫よりもある事が気になって気になって仕方なかった。
服がびしょびしょになったこと……これはまだいい。今着てるのは部屋着だし、予備の為に持ってきた替えの物はまだある。
ノエルはタオルを『持ってきた』。
現在タオルはノエルの身体の前を雑に隠しているだけで、離れれば色々見えてはいけない所が見えてしまうだろう。
離れれば。
びしょびしょに濡れたノエルの身体が、ぴったりと俺の身体に押しつけられている。
柔らかく豊満な胸、程よく引き締まったお腹、細く綺麗な脚。
目のやり場に困った俺は、天井の方へ視線を向けた。
…………お風呂上がりのせいか、シャンプーのいい匂いがする。
「な、なんとかしてよぉ……」
俺が困っていることなど露知らず、一向に離れる気配の無いノエル。
「な、なぁ……その……離れてくれないか?」
「い、嫌よ!だ、だって………うぅ……」
「虫ぐらいなんて事ねぇし、第一離れてくれなきゃなんともできねぇだろ?」
「………………」
「ほら」
「……離れたくない」
「なんでそうなっ──」
「だってアオトが退治してる時に逃げてこっちに来たら……!」
「……………くっついてたらお前もその虫をまた見るかもしれないし、逃げてこっちに来るリスクが高くなるような気がするんだが」
「み、見ないようにそうならないように願うし……なんとかいた場所教えるから………」
「はぁ…………」
歩きにくいが、くっつくノエルを連れ風呂場までやってきた。
……籠にノエルの服があり、すぐさま目を逸らす。
俺は危険な島で、なんでこんな………。
「で、どこにいたんだ………って」
よく見ると黒いものが風呂場の隅にあった。
「ノエル、これただの糸くずだぞ」
「え、ほ、ほんと?」
「あぁ、見てみろって」
「うぅ………」
恐ろしいのか先程より強く俺に抱きつき、恐る恐る黒いものを見る。
「…………ほ、ほんとだ。
よ、よかったぁ………」
力が抜け、自然とその場に崩れ落ちるノエル。
「あ…………!」
思わず見てしまい、顔がどんどん熱くなるのを感じた。
白い肌、お風呂上がりのせいか所々ほんのりと赤く染まっている。
両腕を寄せて、より強調された胸の谷間。
今の彼女の姿はどこか儚く、妖艶で────
小走りで立ち去り、リビングに戻った。
心臓がこれでもかという程うるさく、速く脈打っている。
み、見てしまった………ノエルの裸を。
「ね、ねぇアオト」
「……!!」
体がビクッと反応した。
あ、あの早さで服を着た訳が無い。
「あの糸くずなんとかしてくれない?
私怖くて無理で……」
「わ、わわ……分かった、から。
そ、その……」
「アオト、こっち向いてって」
「お、お前何言って──」
ばっと俺の目の前に現れたノエルはタオルをちゃんと巻いていた。
「ふふ、アオトったら大人のくせにこういうの恥ずかしがるんだ」
「な、なんだよ………」
「タオル巻いて無いと思った?
残念そんなことしないよ、さすがに」
そう笑う彼女。
見てしまった、なんて絶対に口が裂けても言えない。
「あ、あぁ…………」
「も〜、からかったことはほんとに」
ばさッと音を立てて、巻いていたタオルが床に落ちる。
恐らく緩んでしまったのだろう。
「…………」
「…………………」
固まってしまって、動けなかった。
視線も、意図せず釘付けになっていて──
「……あ…………いやぁああ!!み、見ないでぇ!!」
「おいおいおいおい!!?」
ノエルは逃げるどころか向かってきて、両手で俺の目を隠した。
真っ暗で何も見えない。
壁にぶつかり、その衝撃で床に崩れ落ちる。
「何も……見えてない?」
ノエルの声が耳の近くでした。
少し震えていて、それを聞いて余計に緊張してしまう。
「……見えてねぇよ」
「…………」
「…………」
ど、どうすればいいんだこの状況。
色々とまずい……いや、まずすぎるだろ……これ…………。
床が軋む音がし、近くに気配を感じる。
手が離れ、完全な暗闇から微かに光を感じる状態に。
「目、開けないんだ」
「試してるつもりか?」
「ううん、そうじゃない。
そうじゃないん、だけど………」
──俺は咄嗟に目を開き、ノエルの両手をガシッと掴んだ。
「お前、誰だ?
今、ノエルの中に居る奴は」
「…………」
「俺の首、絞めようとしてただろ」
何時から中に居たのか、何時からノエルでは無く『何か』になったのか分からない。
それ程気配が薄く、気づきにくい。緊張していることもあって、余計に。
ノエルの瞳が黄色から元の真紅の瞳に戻っていく。
「………え?ちょ、ちょっと何やって…………きゃあ!」
「いてっ」
突き飛ばされ、頭を壁で強く打った。
頭を擦りながら、しばらく考えたまま動けずにいた。
* * *
「ねぇ、あの時何があったの?」
俺もお風呂に入り、後は寝るだけとなった。
ここは寝室。机の明かりだけを付け、2つ並んだベッドの片方に腰掛けている。
前にはノエルが座り、俺のことをじっと見つめながら問いかけてくる。
「………」
「私の身に何が起きたのか教えてほしいの。
タオル……取れてからの……記憶が、無くて。
気がついたら………その、あんな状況だったから混乱して」
なるほど、あの瞬間からノエルでは無く『何か』になった訳だ。
その何かがどういう存在なのか………昔、似たようなものを感じた気もするのだが……。
「ねぇ、聞いてる?
こればかりは教えてくれてもいいんじゃないの?だって──」
「お前の中に何かが居たんだ。
きっと、タオルが取れた隙に中に入られたんだろうな」
「何かって、そいつが何なのか分からないの?」
「分からない。
……けれど、俺はその何かを知ってるのかもしれねぇ」
「ますます謎だね……」
「なぁ、フェニックスと契約しただろ?
今どうにかして呼び出せねぇのか?」
「よ、呼び出すって言ってもどうしていいのか………う〜ん……フェ、フェニックス出てきて……………みたいな?
うわっ」
ノエルの胸の辺りが赤く光り、頭上に現れた。
「お前ノエルと契約してんだろ?
どうにかして守れなかったのかよ」
そう言ってフェニックスを睨みつける。
「相変わらず好意的では無さそうだな。
……あれは我なんぞが相手にできるようなモノではない。
できれば守りたかったのだがな……」
「できればって、んな無責任な」
「貴様とて『悪魔』には勝てんだろ?幻獣の我に勝てるとしても。
それと同じだ」
「つまり相手が強すぎて守りたくてもできなかったって、ことか」
「あぁ、そうだ。
それを言い訳にしたくは無いのだがな……どうすることもできず、一瞬だった」
「そうか……」
「…………」
「ね、ねぇ……私にもよく分かるように説明してほしいんだけど……」
「そうだな……得体の知れない強敵がお前の身体の中に入り、我はどうすることもできなかった。
という所か」
「え、えぇ……こ、怖いよぉ」
「うわっ……いきなり抱きついてくんなよ………」
「話は終わりのようだな。
では我は消えるとしよう」
フェニックスは光の粒のようになり、やがて姿が見えなくなった。
なんとかしてノエルを守りたいが、今回ばかりはどうしていいものか分からない。
まず相手が何なのか、俺が忘れてるものを思い出さなくては。
「……一緒のベッドで寝ちゃダメ?」
「お、お前………馬鹿か!?」
「だって得体の知れない強敵が狙ってるかもしれないんでしょ!?
またいつ入られるか分かったもんじゃないし………」
「……………お前、俺は男なんだぞ。
まず、この島には俺たち以外人は存在しない。
つ、つまり……2人っきりで………。
ノエルはもっと、警戒心というものをだな──」
「むー……」
「な、なんだよ……」
ノエルはどこか怒ったように頬を膨らまし、俺のことを睨んでいた。
「だから誰にでもこんなことしないって………何回も言ってるのに………」
「だ、だとしても……」
「アオト、本当は気づいてるんでしょ?」
「え?」
「……まだ、自覚してなくても………私の言ってる意味、伝わってると思うの。
じ、自分で言うのも………恥ずかしくて、自意識過剰かもしれないし……………あなたがどう思ってるかは分からないからはっきりと言えないけど。
けど、私の言ってることは伝わってるって信じてるから」
ノエルはそう言うと微笑み、俺の頬を撫でた。
「………っ。
……一緒のベッドで寝るのはあれ、だけど。ベッドをくっつけて寝るのなら別に……」
「………!」
それから離れていたベッドをくっつけ、明かりを消す。
外はどんどん明るくなっているようだった。
「髪、結んだまま寝るの?」
「いつも誰かが居る時はこれで寝てる。慣れたことだ」
「嫌じゃなきゃでいいんだけど………一度私に下ろした姿見せてくれたじゃない?
だから……無理しなくていいんだよ?」
「……………ノエルは優しいな。
じゃあ、お言葉に甘えて──」
髪を下ろす。
こんな気持ち、初めてだ。
言葉に表したくない、俺だけの感情。
「……怖いから、手繋いでもいい?」
「……ん」
俺はノエルの方へ手を伸ばした。
ノエルの手がそっと触れ、俺の手を握った。その手を握り返す。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
この日は呪いの島に居るにも関わらず、久しぶりによく眠れたような気がした。




