揺蕩う水面を鎮めるのは
壊れる。
「辛そうな顔……してねーし………」
「してるよ」
「……いいから。早く部屋から出て行って──」
「ここであなたを離したら、きっと後悔する。
私とあなたの間に大きな溝が出来て……逸れてしまうから」
「何、言ってんだよ……」
ノエルから逃げるように、壁の方へ後ずさる。
来るな。
ノエルは無言で近づいてくる。
怖い。
踏み込んでくるな。
ベッドに乗り上げ、俺との距離が縮まってくる。
俺の世界が、壊れる────
彼女は俺の両手を優しく握り、目を閉じた。
「私は離れたりしないって、この前言ったでしょ?」
「……………」
動けなくて、上手く話すことさえできない。
「大丈夫」
彼女はそう一言呟くと、俺をぎゅっと抱きしめた。
柔らかくて、温かくて。いい匂いがして、不思議と落ち着く。
けれど、これをこのまま受け入れるのはダメだ。
そう思い、離れようと抵抗しようとした。
が、彼女はそれを許してはくれなかった。さっきよりも強く、抱きしめられる。
抵抗する。
また強く抱きしめられる。
「な……んで、こんなに優しくするんだよ…………こういうのは、本当に大切な奴に──」
「……馬鹿。誰彼構わずするような人じゃありません。
アオトだから、だよ。アオトが辛そうにしてるから……。
無理に聞くのは良くないから……こうすることしかできないの」
優しく頭を撫でられる。
ダメだ……負ける。誘惑に。
彼女になら、本当の自分を少しだけでも見せていいんじゃないかって。
普段偽っているつもりはない。ただ、見せてない一面があるだけ。
俺が欲しいもの。それは金でも、ただ生きることでもない。生きる目的でも。
「…………………」
彼女の言葉は、行動は罠だ。
どんどん俺をダメにして、崩していく。外側を削られていく。
「話を聞いて欲しいのならいくらでも聞くよ。
ただ抱きしめて欲しいのならいくらでも抱きしめてあげる。
……私に出来ることなら、何だって言ってくれていい」
人は弱っている時程脆いことはない。
だからいつもより気をつけて、壊れないようにしてきた。固い殻で身を守ってきた。
彼女はそれを壊す力を持っている。
「んなこと言って……俺が何かして欲しいって言うとでも思ったか?
………意味分かんねーんだよ。なんで、ここまで優しくするのか。
まだ会って1ヶ月ちょっとしか経ってないんだぞ?
そんな奴に……なんでここまで……」
「……シャネって人の言う通り、時間なんて関係ないよ。
大切なのは時間じゃなくてどう過ごしたか、でしょ?
この1ヶ月でアオトのこと、前よりたーっくさん知れたよ。
素直じゃないだけで本当は優しいこと。なんだかんだ言って、村や私を守ってくれていること。大切に想ってくれてること。いつも、誰かのために行動してくれてる。
それってすごい事だよ。憧れるよ。
隣に立ってて、言わなくても伝わってくるの。あなたの想いが。
そんなあなたの事が…………………そう、想ってるから……。
他にも色々あなたに対して想ってる事はあるよ?
そういうの全部含めて……ね?」
「そ、それが……理由」
「理由って言い方はちょっと違うような気もするけど……そうだよ。
それだけで十分なんじゃないかな。
私、あなたが思う以上にあなたの事想ってるよ」
「………」
俺が欲しいもの。
それは────俺を、受け入れてくれる存在。
自分じゃ自分を受け入れられないから。あまりにも醜くて、重くて、1人じゃ耐えきれない。
せめて受け入れきれない分だけでも、受け入れて欲しい。
けど、こんなのはノエルに対して失礼だ。
ノエルはきっと、俺みたいな理由で俺の事を想ってくれている訳じゃない。
なのに………。
「お、俺は……お前が思ってるような……そんな、すごくていい人じゃねぇよ……。
きっと知れば嫌になる。俺から離れた方がいいに決まって……」
「アオトからすれば、そう想うのかもね。
でも、それで私は幸せにならない。
だって、私はあなたの隣に居たいんだもん。ただ、居るだけでいいから。
それで、私に出来ることをやるだけ」
全部、預けてしまいたい。
でも……………でも………………………………!
「あなたの望みを教えて」
──その甘い一言で、優しい表情で、今まで躊躇っていた鎖が切れた。
彼女の手が俺の頬に触れ、そっと撫でる。
何故、彼女は全て理解ってくれるんだろう。
俺の欲しいモノをくれるのだろう。
満たして、くれるのだろうか。
時間なんて関係ない。
誰からどう思われようが関係ない。
俺と彼女だけの空間。理解。
ノエルのことをどう思っているのか分からない。
はっきりしているのは、大切にしたいということだけ。
ただ俺を満たしてくれるから、なんて理由じゃない。
そんな最低な理由じゃなくて………これは………この気持ちは…………………
「……俺のこと、受け入れてくれるか?」
「うん」
彼女はまた、俺のことを抱きしめた。
さっきよりも優しく、温かく感じる。
彼女に軽く体重を預け、目を瞑る。
こんなの普段の俺らしくなくて、正直認めたくない。
けれど、そういう考えさえどうでもよくなっていった───




