消えない光
その日の夜、俺は報告書をどう書くか悩んでいた。
上からの指示は幻獣が封印されたものの回収と保管。
あれは回収できたというより……契約されてしまった、と言う方が正しい。
だが正直に書くなんて論外だ。人間と一緒にいること、ましてや仕事に同行させているなど知られてしまえばどうなることやら……。
「要は嘘をつかなければいいんだろ………」
報告書には、『無事回収し、現在保管中』とだけ書いた。
無事回収……ノエルが契約してしまったので、そのノエルを連れて帰った。
保管中……これからも傍にいて、俺がちゃんと見張っていれば問題無いはず。
自分でもかなり無理があると思うが……嘘はついていない。
「はぁ……もうこれでいい………か」
明かりを消し、ベッドに寝転ぶ。
今日は色々あって疲れたせいか、すぐ眠りについた。
──あれから数日、何事も無く平和に過ごしていた。
あったとしても、ノエルのせいで報告書が大変だったと俺が愚痴ったぐらいだ。
もちろんノエルは反論し、悪いとは思ってるけど後悔はしてないと相変わらず強気な姿勢だった。
午後の仕事をしていると、珍しく扉がノックされた。
ノエルは立ち上がり、扉に近づく。
「いったい誰なんだろ──」
「……ノエル、俺の後ろに下がれ」
「え……どういうこと?」
「いいから」
俺は立ち上がると武器を持ち、そっと扉を開けた。
目の前に立っていたのは人間の女性だった。俺と同じくらいの年齢。白く長い髪に、一切の感情を表に出さない無表情さ。冷静を装っているが、その奥にはとんでもない殺意を秘めているのが伝わってくる。
「……人間が何の用だ」
「いつものように正体を隠さぬのだな」
「隠す必要がねぇからな、不審者さんよぉ」
「やはり私の存在に気づいていたんだな」
「ノエルは小屋にいろ」
「いいや、そこの人間に用がある。連れてこい。
安心しろ、危害を加えたりしない」
「そんなの信用できるかよ」
「……ではこう言えばいいか?同じ種族である人間に手は出さない、と」
「………」
この女が何者なのかは大体検討がついている。
正直連れて行きたくないが……。
「ノエル、お前はどうだ?」
「つ、ついて行ってもいいのなら。
多分……その人嘘ついてないと思う」
「………分かった」
ノエルを連れ、女の後ろをついていく。
連れてこられたのは境界近くの広く何も無い場所。
女は俺たちから離れた位置で止まり振り返った。
「早速言うがお前、『人間側』の奴だろ?」
「いかにも、お前の言う通り私は『人間側』の存在だ。
幻獣に用があって、契約……それか回収しようとあれこれ考えているうちに、まさか隣の娘が契約してしまうとは」
「アオト、人間側って……」
「亜人を嫌い、亜人を殺す集団だ。
その反対が『亜人側』。人間を嫌い、人間を殺す」
「じゃあこの人……」
「そうだ。きっと何十人と殺してるだろうよ」
「安心して。君は殺さないから。だって同じ『人間』、でしょ?」
「で、用ってのはなんなんだよ?」
女はしばし黙り、ノエルの方を見つめていた。
「……そこの娘、ノエルと言ったな。
何故、亜人の隣にいる」
「何故って、私はアオトの仕事のパートナー……だから」
「亜人が何をしてきたのか知って、言っているのか?」
ノエルは無言でこくりと頷く。
「隣の亜人が中立組織にいることも?」
「そうよ……」
「理解に苦しむな。
亜人は我々人間を酷く殺した悪しき存在。1人残らず滅するべきだ」
「……あなたに何があったのか知らないけど、元はと言えば人間が──」
「そんなことなど知ったことか。
なら、人間が悪いから復讐され続けろと?関係ない人々諸々?」
要所要所怒りや憎しみの感情が込もった声。
人間側なだけあって、相当な恨みを持っている。
「そうは言ってない!ただ……」
「ただ、なんだ?」
「ただ……」
女の鋭い視線にどんどん自信を無くすノエル。
「最初は人間が悪かったかもしれない。けれど、亜人も亜人で人を殺しては……いけなくて。
それは、両方に言えることだって………だから……!」
弱気ながらもなんとか言葉を繋げていく。
「だから争いを無くしたい……なんて戯言を言うつもりじゃあないですよねえ」
感情をなるべく抑えながらも大声で、目を見開き無表情のままノエルをじっと見つめる。
「っ……戯言……なんかじゃない!いつか絶対、私の手で終わらせて平和な──」
「馬鹿なこと夢見てるんですね。できるはずもないのに。
人間と亜人が仲良く暮らす……あなたが望んでる世界はそういうことですよね?ふざけないでください、気色悪いにも程があります。反吐が出る。虫唾が走る。隣に居るそいつの姿を視界に入れてるだけでも目が腐りそうなのに。
あなたは実際酷く辛い目にも遭ってないし、見てもないからそんなことが言えるんですよ。
いいですね、そういう平和な環境で育って」
「………平和な環境で育ったからこそ、できることがあると……思う」
「思う?いつまでそんな幻想抱いてるんです?現実見たらきっと、そんなくっだらない幻想なんて消え失せますよ。
たった1人が行動した所で、いくら中立組織が動いた所で、終わるわけがない。
それができてたらとっくにこんな争いなんて終わってますよ?
あー………久しぶりにここまで馬鹿で腹が立つ存在に会ったかも」
「………っ」
ノエルは今にも泣き出しそうで、怖気付いた様子だった。
「それで……ずっと黙って隣に居るあなたはどうなんです?
中立組織にいるようですけど……あなたからは私と似た匂いがする」
「俺が人殺しをするとでも?」
「随分と余裕な態度ですね。
では、今の話を聞いてどう思いました?私、何となく分かるんですよ。あなた………人間嫌いですよね。
正直に話してくださいね。嘘ついてもバレバレなんで」
「思ったこと、ねぇ……」
「………」
どうしてか、ノエルの方を見ることができなかった。
この女の言う通り正直に言ってしまえばいいのだ。
──争いが無くなるわけがない、って。
俺だって、この女の意見に全てではないが頷ける部分があると……そう考えてしまっているから。
「俺は……ノエルの意見はすごく純粋で、綺麗だなって思った」
「彼女を傷つけないための嘘では?」
「お前分かるんだろ?俺が嘘をついてるかどうか」
「………嘘はついてない。上手く隠したな」
「そこまでお見通しか」
「彼女を私たち人間側へ引き入れることができたらと考えていたが……よもや私が一番嫌う中立的な思想だったとは。誠に残念で仕方がないよ。
亜人、私は去ろうと思うが……どうする?」
今回、この女が村に何かをしたということは無い。
幻獣を狙っていた事に関しては報告する必要があるが、それ以外特に何かをしでかした訳でもない。
「報告させてもらうが、逃がす他ないだろ。
お前は何もやってないんだからな」
「そうだな。
……あなたのような実力のある者との戦闘を避けることができて安心しました。
悔しくて認めたくないですが……今の所、実力はそちらの方が上のようですので。
戦闘となるとタダじゃ済まないでしょう」
「怪我させちまうかもしれねぇが、殺しはしねーぞ。手加減するからな」
双方笑みは浮かべているものの、目は睨み合っていた。
「今度会った時はあなたより強くなって……殺して差し上げます。
……あと、最後に」
女はノエルを見るが、その目に敵意や嫌悪感は見られない。
ノエルは反射的に体をびくっと震わせた。
「私の名前はアンリです。
もし、気が変わる事があれば………その時は歓迎致します。仲間は多いに越したことはないですからね。もちろん、今日の事は水に流して。
では──」
アンリと名乗った女は境界の方へ歩いて行き、やがて姿が見えなくなった。
「はぁ…………」
大きく息を吐くと同時にその場にへたり込むノエル。
「……大丈夫か?」
俺はノエルの傍に近づき、しゃがみ込んだ。
「ねぇ……私の考えてることって………間違い、なのかな」
「……あいつの言ってること、気にしてるのか?」
「あの人の目……今まで見たことが無い………すごく怖い目をしてた。
本気で……亜人の事を恨んでて………殺したいって、気持ちが強くて…………」
「…………」
「私がやろうとしている事は……立ち向かおうとしてる問題は………簡単じゃないって分かってた。
ううん……理解ってたつもり、だったのかも。けれど………やっぱりこの気持ちは変わらない。
それどころか余計に……強くなっちゃったかも」
「………ノエルはすごく強いんだな」
「そう……かな?
だって、今も怖くて……手が震えて………。あの人の目が頭から離れなくて、自分に……自信が持てなくて……。
あの人も……アンリ、さんもきっと想像以上の辛い目に遭って、その経験があったから亜人を殺したいって強く恨んで……。
けれどあの人が殺した亜人の家族が生き残ってたとしたら、今度はその人がアンリさんを殺そうと……人間を殺そうと強く恨んで、復讐の道へ進んでしまったら………。
ずっと、悲しくて辛くて……どうにもならない事が増えて続いていく。そんなのって……私は嫌だよ」
「前から疑問に思ってたんだが……なんでそんなに自分の事のように考えられるんだ?言っては何だけど……他人事、だろ。
自分には関係ない事。関わらなければ一生こんなこととは無縁で暮らせてたかもしれないのに、どうしてノエルはそこまで人を……想う事ができるんだ?」
「………自分の立場に置き換えて考えるっていうのもすごくあるの。実際私がそうなったら、相手を恨まずにいられるか……とか。
そう、考えた時にね……なんて辛くて悲しいんだろうって。こんな争いが無ければ幸せに暮らせてたかもしれないのにって。
……なら、どんなに難しくても誰かが止めなくちゃいけない。止めることができれば、きっと……きっといつかはみんな幸せになれる。
この争いを教訓に、もう二度とこんなことを繰り返さない……そんな世界になって欲しいって。
私はその力になりたいの。何も知らないまま、平和に暮らしてた方が良かった……なんて微塵も思ってないよ」
彼女も……同じだ。俺が憧れた人たちと同じ瞳をしている。
輝いていて、どんな闇にも隠されることのない強い光を持った瞳。
なんて眩しくて……羨ましいんだろう。
だってその光は……俺には、きっと──




