ノエルという存在
私を追い詰めるように向かってくる彼の表情は、暗いせいでよく見えない。
だけど、様子がおかしいことは明らかだ。
とうとう壁に当たり、これ以上逃げることなんてできない状況になってしまった。
彼から放たれているオーラがいつもと全く違い、なんだか少し怖く思えた。
彼が私の両肩をがしっと掴む。
「なぁ……お前、なんなんだよ本当に」
今の彼は、私を『ノエル』としてではなく1人の『人間』として見ている。
だからなのか彼の目には私に対する敵意が僅かに見られた。
フェニックスの言っていた、彼には様々な感情が混在しているという言葉の意味が分かってしまったような気がして。
「人を……異常、みたいに言わないでよ」
「…………」
私は半ば縋るように彼の両腕を掴む。
「アオト………一旦落ち着こ?」
「……俺は至って冷静だぞ」
「…………」
私がどうしようかと俯いている間も、彼は容赦なく話を続ける。
「お前も、結局は亜人の俺が怖いんだろ?」
「ち、違う!そんなことは……」
「なら、これに耐えられるのかよ」
「……っ!」
私を壁に押さえつけ、殺気を放つ。
物理的にも動けなくなった私は、それでも彼の目を見続ける。
今度は明確な敵意と殺意を私に向けている。
全く怖くないと言えば嘘になる。彼が彼じゃないみたいな。
そう、まるで『獣』に睨まれているような感覚。
………けれど、やっぱり彼は彼だ。
全く動けないぐらい強く押さえつけられているのに、全然痛くない。
私は自然と彼の目を見て笑っていた。
「……なんで笑ってんだよ」
「だって、どれだけ敵意や殺意むき出しでも隠しきれてないよ?
強く押さえつけてるけど、どこも痛くないようにしてくれてる」
「……っ」
彼が私から離れようとして、考えるより先に彼のことを抱きしめていた。
「──え?」
* * *
彼女の事が全く分からない。
いきなり抱きしめられて、何が起こったのか理解できなかった。
「お、お前……何やってるんだよ。
離れろって!」
「ううん、嫌よ離れない」
抵抗しても彼女が離れる気配は無い。
「はぁ?さっきまで……確かに怯えてたくせに……!」
「……あなたの言う通り怯えてたわ。だからこそ、離れたくないの」
「意味分かんねぇよ。お得意の罪悪感が理由なんじゃねぇの」
彼女の抱きしめる力が強くなる。
強いのに痛くない。むしろ……優しく、温かく感じるのは何故だ?
「罪悪感……も、もちろんあるよ。
でも、それ以上にあなたの力になりたくて」
「どういう意味だよ……」
離れたいのに、離れられない。
「私はあなたから絶対に離れない。
だから、そんなに怯えなくていいんだよ」
「──っ」
俺はノエルを突き放そうとした。
「……離れろって………!」
どれだけ力を入れて離そうとも離れない。
「お前の……心見透かしてるようなその態度が本気で気に食わないんだよ。
俺のこと……本当の意味では1ミリも知らねぇくせに。
こんなにも嫌いだって態度で示してるのに……!」
「うん……」
「な、なんで………」
俺の鋭い言葉さえも受け入れている。
離れようと込めていた力が自然と抜けて、ただ抱きしめられていた。
「全部が全部、言葉通りの意味でなんて受け取ってない。
いちいち説明しなくても、私は分かってるから」
「………本当になんなんだよ。ノエルっていう存在は」
* * *
僕は自分の仕事を片付けた後、各島々へ行き、直接本人たちと話して手伝えることがあるのなら解決できるよう、手助けしようと考えたのだ。
まず訪れたのは火の鳥アレス。アオトとヨミがいる島だ。
先にアオトの方へ向かおうとした。
──上空から視界に入ったのは、アオトが見知らぬ人間の女の子と飛んでいる姿。
すぐさま地面に降り立ち、岩陰に隠れ気配を消す。
するとアオトは立ち止まり、空を見る。
「どうしたの?」
「今、空に気配が………」
「気配?」
「………まぁいい行くぞ。しっかり掴まってろよ」
「うん」
アオトは女の子を背負ったまま、村の方へ飛んで行った。
「……あのアオトが人間と一緒にいるなんて」
想定外すぎる出来事。
見た感じ仲は悪くなさそうだ。
一般人の女の子を、危険なはずの村の外に連れて何をしていたのか。
アオトのことはすごく信頼している。疑いたくなんてないが、まさか仕事に連れて行っていたのではないか?
あの女の子が何者なのか、2人がどういう関係なのか調べておかないと。




