内側と外側
翌日の朝。
昨日ちゃん読めてなかった紙を茶色の封筒から出し、じっくり目を通す。
書かれていたのは大きく分けて3つで、この島のこと、幻獣のこと、その2つの関係について。
島については、基礎的なことから軽い歴史が書かれていた。
特に重要なのはここからだ。
──幻獣について。
この国『メイサ』は世界でも無知無能と知られており、遥か昔から狙われやすい国だった。
そのため各島々を護ると約束してくれた幻獣と契約することで、長年この国が他国から襲われることは無かった。
『フェニックス』。それがここ、火の島『アレス』と契約していた幻獣の名だ。
契約した者を強力な防御魔法で護り、火の属性を授ける。
人間にとっては強大な力だ──
契約した者を護り、新たに属性を授けるタイプの幻獣か。
この世界の人は、属性がある人とない人に分かれる。
ある人が必ずしも戦いに向いている訳ではないが、戦えるのなら有利に越したことはない。
逆にない人が戦いに向いていない訳ではないが、属性がある人相手だと不利になりやすい。
ない人なら是非とも契約したいと思うだろうが、そう簡単に契約できる訳じゃない。
幻獣と契約するには、その幻獣に認められなければならない。
何を以て認められるかはそれぞれ違うらしいが。
──島と幻獣について。
アレスは先程書いたように、かつて幻獣『フェニックス』が護っていた。
が、時が進むに連れその必要は無くなったらしい。理由は亜人の存在だ。
今から数十年前、この島に住んでいた亜人たちが表に姿を現すようになり、幻獣の代わりに護ってやるから自分たちも村や街に住まわしてほしいと言った。
最初その言葉を疑っていた人間だが、言葉通りアレスに時々来る怪しい者たちや村や街を襲う魔物を倒し、人々は亜人を信頼していった。
この過程でフェニックスは自身の役目を終えたことを悟り、自ら眠ることを決めたらしい。
当時契約していた人間に、村と街の間にある洞窟の奥に祀るよう頼んだ。
幻獣よりも強い亜人がいたら安心と、全てはそう信じていたから──
意味ありげな終わり方だ。
先が書かれずとも何があったのかは察せられるが。
ちょうど読み終わった所でノックの音がした。
扉を開け、ノエルを中に入れる。
「おはよー」
「ん」
「ちょっと、『ん』じゃなくてちゃんと挨拶してよ」
「はぁ……いちいちめんどくせーな」
「何か言った?
……って、机にあるのって昨日の……」
ノエルは不意に昨日の出来事を思い出したのか、頬を赤く染め顔を逸らす。
「……そうだ。
昨日取ってきた紙だ。読んでみろ」
俺は紙をノエルに渡した。
「──つまり、村と街の間に幻獣が封印されたものがあるってことだよね。
でも、これを読む限り封印されたっていうより自ら眠ったって書いてあったよ?」
「まぁ情報が絶対正しいなんてことないし、それぐらいの誤差なんてよくある事だ」
「なるほど。そういうもんなんだね」
うんうんと頷くノエル。
ここからまた面倒なことになると分かっているから、話を進めたくない。
「……それでな、洞窟へは準備して早くても明日になる。
村と街の間は魔物が突然襲ってきたり、洞窟の中はもっと危険かもしれないんだ。
だから──」
「途中からそう言うと思った。
嫌よ。私絶対ついて行くから」
「こうなるからお前に話すの嫌なんだよなぁ……隠してもバレるし。
今回は本当に足でまといになるからお留守番してろ」
「要は守れないってこと?」
「あぁ、そういうことだ」
「……………」
ノエルは黙り込み、何か考えているようだ。
「なぁ、俺を困らせないでくれよ。
ノエルの事が純粋に心配なんだって」
発言してからなんて恥ずかしい事を、と少し後悔した。
「……そう、よね」
「分かってくれたか?」
「守ってもらってばかりじゃダメよね。
自分で守れるようにならなくっちゃ」
「………はぁ!?なんでそうなるんだよ!お前絶対馬鹿だろ!」
「な、失礼ね!
馬鹿なんかじゃないわ。ちゃんと考えて決めたことよ」
「ちゃんと考えてこうなるってことは、本物の馬鹿なんだな!
俺の話聞いてたか?」
「ちゃんと聞いてたよ。心配してくれてるんだよね。
アオトにしては珍しく素直に言ってくれて嬉しい。
……だから、その想いに応えるために私自身強くならなくちゃって」
こいつの思考回路が分からない。
普通ここは折れるはず……なのに、心配してくれているから心配されないぐらいに強くなる。ノエルはそういう考えに至った訳だ。
怒りを通り越して呆れそうだ。
「……そんな急に強くなれる訳ないだろ。大体素人なんだし」
「別に戦うなんて一言も言ってないわ。
避けたり逃げる技術を磨けばいいのよ」
「…………はぁ」
俺が頭を抱えていると、更に謎なことを言い始めた。
「私、今まで鬼ごっこで捕まったことないの。たったの一度もよ!?
かくれんぼだって、気配消して上手く隠れられてたし。
ボール当ても、避けるの超得意だったんだから!
この村一、鬼ごっこもかくれんぼもボール当ても上手なんだから安心して!」
遊びを自慢された所で、俺の意見が変わる訳が無い。
「んなこと言われて、はいそーですねって言う訳ねぇだろ。
今回は本気で危ないんだ」
「……だとしても行くわ。パートナーなんだもの。
それに、なんだか行ける気がするの」
「それは気がするだけで、ロクなことになんねぇやつだから」
「……アオトに何言われても私、絶対に行くから」
「俺だって、絶対に行かせねぇからな」
しばらく睨み合いが続き、この日は一言も話すことはなかった。
* * *
──月、『雛菊』組織本部
僕の名前はリツ。猫の亜人だ。
月という組織、別称雛菊のリーダーで担当は一月。
年齢は18歳。
黒髪短髪、中性的な顔(ってよく言われる)、体つきは普通かな。
個人的にもう少し身長が高ければっていうのが、ちょっとした悩み。
……というのは置いてといて、僕たちは人間と亜人の争いを止める中立組織──エイレネ──に所属している。
雛菊は"ある存在”に認められた12人の亜人の事で、戦うことを主に活動している。
このエイレネは、計6つの小さな組織が集まって出来た1つの大きな組織。
それぞれが違う役割を担っており、人間と亜人の両方が所属している。
そんな僕は今、干支──虹霓というこの組織の一番上である組織から受け取った、雛菊全員分の報告書に目を通していたところだ。
コンコンとノックの音が部屋に響く。
「入っていいよ」
「調子どう?」
入ってきたのは同じ仲間であるメヅキだ。
彼女は犬の亜人で、担当は二月。
年齢は僕の一つ上の19歳。
明るく長い茶髪を頭の後ろで結んでおり、整った顔、スタイルもよく綺麗な女性だ。
「メヅキか。
いや、それがもう大変で……」
「ふふ、忙しいみたいね」
「笑い事じゃないよ〜。
………王様も大胆なこと言うよね。まぁ、悪い人じゃないってことは十分理解してるつもりなんだけどさ」
「そうね、とても難しい話だわ。
納得もできるし、否定することもできてしまうもの」
「そうそう。
んで、何かあったの?」
「ううん、大したことじゃないんだけど、みんな最近どうなのかなって。近くに用があったから、ちょっと顔出しに来たの。
あんまり会うことないし、何より副リーダーとして知っておきたいなって。
私自身ここに来たのも久しぶりだしね」
「そうだね。
じゃ、順番に行こうか」
──三月担当クレノ。男性で熊の亜人。21歳。風の島『スキロン』にて勤務中。
同じ島で勤務しているのが、八月担当エンゲ。男性でライオンの亜人。21歳。
「2人とも協力して島を護ってくれてるようだけど、亜人側の村を隠すのに相変わらず苦戦してるみたいだね」
「でも、あの2人ならなんとかなるんじゃない?」
「だといいけどね。
あの島の人間、何かと勘が鋭い部分があるから。
亜人のこと良く思ってないみたいだし、気は抜けないね」
──四月担当エトリ。女性で兎の亜人。18歳。命の島『イシュタル』にて勤務中。
同じ島で勤務してるのが九月担当ジュイ。女性で狐の亜人。22歳。
「この島は広いからそれぞれ担当の区域を護ってもらってるんだよね。
亜人はいない島で、えーっと……一部の人間側に動きがあるみたい」
「……どんな?」
「これはジュイが担当してる区域でのことなんだけど、亜人を良く思ってない人たちが、亜人がしてきた残虐な歴史を子どもに話したり色々やって、洗脳してるかもって」
「洗脳して、後に『亜人狩り』をさせるためね……」
「ジュイなら解決してくれるとは思うけど……要注意だな」
──五月担当モリン。女性で人魚。19歳。雪の島『ポリアフ』にて勤務中。
同じ島で勤務してるのが十月担当コハル。男性で鹿の亜人。20歳。
「海の方をモリンが担当して、コハルが街の方だったよね。
この島は平和で、人間と亜人が仲良く住んでいる数少ない島だから正体を隠す必要は無いんだけど。問題は……」
「さっき言った王の発言よね。
もしそうなればこの島の人たちはどうなってしまうのかしら……」
「この島だけ特別ってことになると、他の島の人から何されるか分かったもんじゃないしね。
今後の大きな課題だよ」
──六月担当アオト。男性。20歳。火の島『アレス』にて勤務中。
同じ島で勤務してるのが七月担当ヨミ。女性でハムスターの亜人。19歳。
「アオトが村の方、ヨミが街の方だよね。
村では亜人の存在を知っているだけ、街の方が亜人を良く思わない人がいるって感じは相変わらずだね。
……あと、最近村の方で怪しい人物を見かけたって報告が」
「怪しい人物?」
「なんでも学校の空き教室でここ数日暮らしてるみたい。幻獣の情報を壁の中に隠してね。
詳しいことはまだ分かってないみたい」
「気になるわね……」
──十一月担当サクヤ。女性で羊の亜人。18歳。光の島『アラマズド』にて勤務中。
「この島は人間と亜人が別々に暮らしてるけど、平和的な人たちだからか争い事は起きてないみたいだね。
けれど、人間側も亜人側も少なからず不満はあるみたいだから、それが大きくならなければいいんだけど」
「あの娘、気弱だからつい心配になっちゃうのよね。
力は強いから大丈夫だとは思うんだけど」
「サクヤを信じよう」
──十二月担当ロイ。男性で狼の亜人。22歳。雷の島『ハオカ』にて勤務中。
「人間も亜人も短気な人が多いから、ハラハラするんだよね。お互い住む場所は知らないからまだよかったものの、いつ見つけ出されるか………考えるだけで恐ろしいよ。
ロイは冷静だしあまり感情を表に出さないから、この仕事をしてることも上手く亜人たちに隠せてるって。
今の所どちらとも動きがないのが救いだね」
「そっか、ロイは人間にも亜人にも正体を知られちゃいけない立場だったわね。
人間は当然として、亜人側にバレてしまったら……」
僕は頷き、言葉の続きを話す。
「なんで人間を護ってるんだ、裏切り者って大変なことになるだろうね。
自分で任せといて何だけど……よくできるなって」
「ほんとよ、どの口がって言いたいところだけど………あなたなりに考えがあってでしょ?」
「もちろん。ロイなら上手くできるっていう信頼があるから。
メヅキの方はどう?地の島『エンキ』だっけ?」
「そう。豊かで人間は優しい人たちばかりだけど、亜人の方がね。
人間に不満を持ってるみたい。人間は亜人がこの島に住んでること自体知らないし、こっちも色々大変よ。
で、リツはどうなの?この空の島『メヘト』は」
「実に平和……って言いたい所だけど、ある意味この島が一番しんどいかも。
何せ王都だし、亜人も人間に比べて圧倒的に少ないからさ。
人間が亜人に対して良くないって思ってる人が多いし、治安も良いように見えて裏では結構悪いし……はぁ」
「大変そうね……。
みんな、そうやって頑張ってるんだものね。……よし、私も頑張らなくっちゃ。
今日は話せてよかった。無理はしないようにね?何かあったら手紙でも送ってきて。
じゃあ、また」
「僕も話せてよかったよ。また」
全員の状況を総合して見ると、かなりまずいのは明らかだ。
ポリアフを除き、平和的な島でも不満が少しずつ溜まってきている。このままでは争いになりかねない。
どれだけ平和的な心を持っていようとも、人は感情に負けて行動してしまう生き物だ。
抑えられたとしても、それが長続きするかは別の話。
「……ああは言ったけど、そう考えると王の意見に賛成しそうになるな。
だけど……こっち側はどうなるんだよ。場所は提供できても、そういう問題じゃないだろ」
僕1人でなんとかなる問題ではないことは重々承知の上だ。
だけど、ここで行動せずにいられるか。
できることを全てやるんだ。無駄だったとかそういうのは全部終わってから。
「……人間と亜人が仲良くなる未来を」
そう自分に言い聞かせるように呟き、強く決意した。




