きっかけ
結局ノエルの言われた通り、村の入口にある噴水の前で待っていた。
夜中のため噴水は止まり、外は誰もおらず静まり返っている。
そこにタッタッタッと足音が近づいてきた。
髪型と服装は普段と違い、それだけで一瞬誰かと思ってしまう程、印象が変わるもんだなとついまじまじと見てしまった。
長い髪を頭の後ろで結び、ワンピース姿ではなく丈の短いズボンを穿き、上にはカーディガンを羽織っている。
「おまたせ〜……はぁ……はぁ……」
「本当に来たんだな」
「あ、当たり前でしょ……ふぅ」
「いつもとは、その……違うんだな、服装」
「え?あぁ、動きやすい服の方がいいかなぁって。
髪も結んできちゃった」
「……そうか」
「よし、学校に行こう!」
「はいはい……」
楽しそうなノエルを連れ、学校へと向かう。
「ねぇ、どうして学校が怪しいと思ったの?」
「……ノエルが勝手に小屋に入ってくる数日前、夕方村を見回ってる時に灰色のマントを羽織った怪しいやつを学校で見かけたんだ。
気配を消して様子を見てたんだが……見失っちまってな」
「怪しい人物……ねぇ。その人何が目的なんだろ?」
「さぁな。
学校に幻獣に関する物がある、なんて思いもしねぇし絶好の隠し場所だったのかもな」
学校に着くと校門を乗り越える。
すると、玄関の前でノエルが止まった。
「何してんだ。
……まさかあの時みたいに鍵開けようって考えてるんじゃないだろうな」
「ふっふっふ、その通りだよ」
「……見られるとまずいからこっち来い」
「誰もいないよ?」
「念の為だ。遊びじゃないんだぞ」
「……はーい」
中庭に行き、窓を開けて中に入る。
フードを取ると、まだ外にいるノエルへ目を向けた。
「ほら入ってこい」
「……いつの間に」
「昼間、お前が見てない隙にちょっとな。
いいから早く入れって。手伝ってやるから」
ノエルは不満そうな顔のままなんとか乗り越え、校舎内に入ることに成功した。
「それで、どこにあるか分かってるんでしょーね?」
「残念ながら2階か3階かってことしか」
「……そう」
無言のまま2階へ上ると、3つ程教室があった。
廊下の天井も壁も床も綺麗な白。窓から月明かりが入り、そのおかげで手持ちの魔灯──蓄えてある魔力で周りを照らす道具──を付けずとも探すことができそうだ。
「ここは普段私たちが勉強している教室だよ。
なんだかんだ来るのは久しぶり……ではないか」
「当然鍵は閉まってるよな?」
「ふっふーん。こんなこともあろうかとアオトと分かれた後、実はこっそり取ってきてましたー」
「うわ、マジかよ」
「ちょっと、アオトだって窓開くように仕掛けてたじゃない!
同じことよ、同じこ・と!」
軽口を叩きながら俺は教卓や先生の机を調べ、ノエルが生徒の机や棚を軽く調べていく。
「……これといった物がないな」
「うーん……そうだね。次見ようか」
2つ目3つ目と教室を見ていくも特に何も無く、3階にやってきた。
「ここは音楽室とか運動部屋とか実技系の教室ばかりだよ」
「他には?」
「えーっと……料理したり、工作したりする部屋と………あ、1つだけ空き部屋があったような……」
「それはどこだ?」
「一番奥だったと思うけど……」
「ならそこに行くぞ」
「う、うん……」
戸惑うノエルを連れて一番奥の部屋の前に。
扉と窓を確認するがもちろん鍵はかかっている。
「ま、そうだよな……」
「窓割ったら絶対バレるし……うぅ〜思いつかないよぉ」
俺は窓の前に立ち、鍵があるであろう位置に普通の紙よりも丈夫な紙を差し込み、上へスライドさせた。
すると音が鳴り、鍵を開けることに成功した。
「ど、どうやってやったの!?」
「このタイプの窓はこうやって開けれるんだよ。
単純すぎて逆に気づかない方法だ」
「し、知らなかった……」
「じゃあ俺が中入って探すから、ノエルはここで……」
「私も入る」
「無理だろ。やめとけって」
無理と言ったのは、この窓の位置が高いからだ。
俺の頭と同じ高さに窓があり、ノエルも俺とそう身長は変わらない。
俺なら容易に入ることができるが、女の子であるノエルが到底入れるとは思えなかった。
「無理じゃないし。私だってやれるし」
頬を膨らませ、ピシャンと音を立てながら窓を開けると、その方を睨みつけ窓の桟に両手を置き、ぴょんぴょんと跳ねると勢いで登ろうとジャンプした。
「うぐ……あとちょっと………!」
「だから無理すんなって……」
左足の先と上半身はなんとか部屋に入ったものの、この状態を維持するのでいっぱいいっぱいのようだ。
「お、お尻……押して……!」
「は!?お、お前何言って──」
「いいから早く……!は、恥ずかしがってる場合じゃないって………この状態……き、きついんだから……早く!!」
「…………………」
なるべく見ないように顔を逸らし左手でぽんっと押す。
いったい俺は何をやらされているんだか。状況が状況なのかもしれないが……。
「あ、ありがとう。ふぅ……疲れた」
どうやら無事に部屋に入れたようだ。
これで入れなかったら、さっきのはなんだったのか余計に分からなくなりそうだ。
「……俺も入るから、先中見とけ」
「うん!」
さっきのことをまるで気にしていない様子のノエル。
でもその方がこちらとしても普通に接することができるから、変に思い出されたり意識されるよりマシかもしれない。
一歩後ろに下がり、軽く助走をつけ床を蹴ると同時に桟に右手を置き、体を横にして窓から部屋に入ることができた。
着地したのは大きな箱の上で、そこから飛び降り周りを見回す。
入って左を見ると、横に長い棚の中に紙や本が散乱していた。
正面には使い古されたようなソファがあり、その上には脱ぎ捨てられた服や毛布など生活感のあるものが放置されている。
部屋の右側は比較的綺麗で、木でできた白いタンス。ソファの方まで続く金属でできたL字型の収納棚にはこれまた紙が散乱していた。
ちなみに入ってきた窓がある方には、使われなくなったキッチンにこれでもかと箱が積み上げられ、乱雑に置かれた紙と埃があちらこちらに積もっていた。
というより部屋全体に紙が散らばっており、埃っぽい。
「あの高さから飛び降りたのに、全然足音しないんだね。
私なんてドタって音したのに」
「……それより目的のものを探すぞ」
俺はそう言って魔灯を渡す。
「この部屋他に比べて暗いもんね。用意周到すぎる……」
ノエルはキッチンと横に長い棚の方を、俺はソファとタンスがある方を探すことに。
紙は白紙だったり、文字が書いてあったりと恐らく使われなくなったプリントばかり。
ソファの上に放置されている服はどれも中性的でそこまで汚れておらず、恐らく一時的であるだろうがここに誰かが住んでいるのだろう。その証拠にこの辺りは埃の量が少ない。
タンスの中は丁寧に畳まれた服と下着。複数のノートが入っていた。
「ここに住んでるのは女性っぽいな」
「なんでそう思ったの?」
「……なんとなくの勘、だよ」
内心しまったと思いつつも、話を逸らそうと話題を探す。
「……アオトってそんなこと言う人だっけ?
どちらかと言うと、そういうの信じなさそうな感じだけど」
「人を勝手なイメージで決めつけるな」
確かに、基本的にそういうのは信じないようにしてはいるが………。
「……ねぇ、何か隠してない?教えてよー!なんで分かったの?」
誤魔化そうにも咄嗟に思いつかないし、余計に隠そうとすればする程後になって後悔するものだ。
俺は観念して正直に言う事にした。別にやましい事をした訳ではあるまいし……。
「はぁ…………下着が女性物だったんだよ」
「えぇ!み、見たの!?」
「俺だってまさかあるとは思ってなかったんだよ!怪しいものが無いかさっと確認して、すぐさま閉めたよ」
「………下着があったのって、このタンスの中なんだよね?」
「あぁ、そうだけど」
「……アオトは収納棚の方を調べてて」
ノエルが何を考えているのか分からないが、言う通りに調べた方が良さそうだ。
散乱した紙をどかしながら、魔灯で照らしつつ念入りに調べていく。
ソファの近くを調べていると、他の壁とは違う箇所を発見した。触ってみると他の壁より色が濃く、柔らかい。叩いた音も他と明らかに違っていた。
更に一部分に違和感を感じ、軽く爪で剥がすと鍵穴らしきものが現れた。
すぐ見つかりそうで見つからない絶妙な位置。ここに住んでいた奴はかなりやり手と見ていいだろう。気配を消す能力にも長けているようだし。
「ノエル、ここに……………っ!?」
後ろにいるノエルの方を見て驚いた。
ノエルがタンスの一番上、下着がある場所を調べていたのだ。手には複数の下着が握られている。
「お前何やって──」
「やっぱり。ここに何か隠してると思った」
ノエルは何かを手に取り、下着を元に戻した。
そしてその何かを俺に見せつける。
「……なるほどなぁ。
それを見つけるの、俺には無理だったかもしんねぇな」
その何かとは鍵だ。
違和感のあった箇所にある鍵穴に、ぴったり合うであろう鍵。
「ほら〜私が居てよかったでしょ?頑張ってこの部屋に入った甲斐があったよ」
「しっかし下着の下に隠すとは考えたな、そいつ」
「普通調べようとは思わないもんね。
まぁ、私にはお見通しだったけど」
「お手柄だな」
ノエルから鍵を受け取る。予想通り鍵穴にぴったりだった。
少し力を込めて引っ張ると壁にある小さな戸が開き、中には茶色い封筒が入っていた。
中を確認すると、俺の予想通り幻獣に関する物が入っていた。
複数の紙。これに、幻獣が封印されたものがどこにあるか書かれているはず。
1枚1枚軽く読み、確認していく。
「間違いない、これだ。
もう用はねーしさっさと帰るぞ」
積み上げられた箱をよじ登り、外に出る。
「ノエルも早く来いよ」
「……ただジャンプして降りるってのもつまらないよね」
「は?お前何言って────っ!?」
何を考えたのか、俺の方に手を広げて倒れるように降りてくる。
俺も両手を広げ、受け止めようとする。
ふと顔全体に柔らかい何かが当たった。ノエルの体を抱きしめ、バランスを崩さぬようそっと地面に下ろした。
最後に見えた光景とこの柔らかさ………まさかと思いつつもゆっくり顔を上げると視界に広がるのは大きな胸。そのまま更に顔を上げると、そこには驚いた様子のノエルの顔があった。
数秒の間、固まったように見つめ合う。
はっとして2人ともほぼ同時に顔を逸らし、慌てて距離を取った。
「…………」
「……………」
気まずい空気が流れる中、ノエルの方をチラッと見る。
頬を赤く染め、胸の辺りを押さえる彼女。
こちらからでは表情まではよく見えない。
「…………か、帰るか」
「………う、うん」
俺が先に行き、少し後ろをノエルがついて歩く。
交わす言葉は無く、歩く音だけが校舎に響いていた。
無事学校を出ることができ、噴水の前まで戻ってきた。
「……じゃあ」
「待って」
引き止められ、ゆっくりとだが振り返る。
「……私、楽しかった。
仕事なのにこんなこと言っていいのか分からないけど……じゃあ、また明日ね」
彼女のキラキラとした笑顔。
けれどいつもとはどこか違っているように見えた。
それは彼女の頬が赤く染まっていたからか、表情がいつもより柔らかく見えたからなのか。
ノエルの姿を見送ると、俺も小屋へ帰った。
* * *
──真夜中。
同時刻。場所は違えどベッドで横になり、互いに同じことが頭に浮かんでいた。
それは、見つめ合った時のこと。
あの時互いの瞳の奥に感じたものは何だったのか。
──彼は人間を嫌いながらも人間を護ってくれている。
しつこく迫る私を認め、正式に隣に居させてくれることになった。
憧れの人の隣に立てていることが嬉しかった。少しでも役に立てることを誇らしく思った。
まだ1週間しか経っていないけど、それ以上にずっと彼のことを見ていた私は、彼がどういう人なのか知れることが嬉しかった。
想像と違い、素直じゃなくて意地悪で。でも、想像以上に優しくて。
憧れとは違う感情が、ほんの少し。インクを一滴垂らしたような微々たる量。
──彼女は亜人である俺を差別しなかった。
どれだけ離そうとも、執拗に俺じゃなきゃダメだと言った。
人間は嫌いだけど、あそこまで純粋な気持ちを持っている人間なんて彼女が初めてだった。
そのせいか彼女のことが気になって仕方なかった。
たった1週間一緒に居ただけなのに、もう前までの自分に戻ることはできないような気がして。
きっと今、彼女と出会えなくなれば時々思い出すんだろう。変わった人間も居たなって。それもああいう人間に出会うことはきっともう二度と無いだろうし、一生頭の片隅に残るんだろうな……って。
それぐらいの存在になっていることは確かだ。
人間のくせに、他の人間とは違う。
──この胸の辺りがざわざわするような感情はいったい──




