星になったスチパンゴスロリ女
吾輩の体はとてもデカい。
あと体がデカいからか、どうやら普通の犬よりも鼻が効くし耳も届く。
だから店内でのお嬢と店主の会話も聞こえてくる。
「ははっ、全くアリスちゃんは口が達者だ」
「やった!
ウィニスさん大好き!」
なんて会話も筒抜けなのだ。
「わふ……(相変わらず猫をかぶるのが上手いなぁ、お嬢は)」
吾輩はお嬢の性格を知っている。
表の顔も、裏の顔も、全て幼い頃から吾輩は見ていた。
基本的には猫被り。
表の顔は天真爛漫かお上品なお嬢様の二種類を、他人との距離の近さで使い分ける腹黒幼女。
そして吾輩と二人きりか一人になれば真っ黒な面を表に出して、つまり打算的というか狡猾というか、素の面が現れる。
だが一方で魔法に関する好奇心の高さもあり、たまにお面をかぶることを忘れて趣味全開のオタクになることもあって……まさに性格百面相。
さらに実は奥深いところに寂しがりやでかまってちゃんな、年相応に子供らしいところもあるというのだから、兄として可愛くないわけがない。
あと基本コミュ障で、初見の人と話をしたりするのがめっちゃ苦手なところもかわいい。
……それにしても。
お店の奥の方へと視線を向けながら、思考を続ける。
あの値引き交渉の仕方は、ちょっと危うい。
お嬢を守るナイトとして、彼女のことがとても心配になる危うさだ。
どんな危うさかって、そりゃあ見ればわかるだろう。
今のところ、店主にロリコンの気があるようには見えない。
だがしかし、もしこれがそういう危ない人なら、今回の交渉の仕方は貞操の危機に直面してしまう可能性だってあった。
いずれ彼女が成長しても同じようにするようならば、すこしナイトとして注意する必要があるだろう。
あの口の回し方は、完全に水商売をせんとするキャバクラの女のそれだったしな。
──と、そんなことを考えていると、吾輩の目の前を通る一人の人影が駆け寄ってきた。
イメージとしては、ゴスロリ×スチームパンク。
茶色い革のローブはゴスロリ風にあしらわれているが、革のポーチやらローブの内側にのぞく衣装のデザインやら、全体的に煤で汚れている感じがどことなくパンクな印象を与える。
ちなみに背丈はお座りをして待っている吾輩よりすこしだけ低いくらいで、体型はボン、キュッ、ボンだった。
思わず視線がそっちの方にされたことだけは許してほしい。
「わあ、でっかい犬!」
「わふ(お前の方は胸がデカいけどな)」
どうせ言葉は通じないだろう。
そう思って思ったままのことを口に出してやると、女は『うぇ!?』と一声上げて胸を両腕で隠しながら後ずさった。
「……わふ?(……あれ?)」
……あれ、どういうことだい?
まるで、吾輩の言葉が聞こえていたみたいな反応だが。
そう思って首を傾げて反応を窺ってみる。
すると
「そ、そんな胸ばっかジロジロ見んなよ、恥ずかしいだろ……?」
「わ、わふ!?(い、いや別にそんなつもりは……!?)」
たしかに程良い大きさの双丘だと思って視線を向けたりはしたが、何も性的な意味はないぞ!?
なぜなら吾輩はお嬢一筋だから!
「わはは。
にしてもお前でっかくて強そうだな!
今なら三食おやつに昼寝付きでワタシの手下に加えてやってもいいぜ!」
サムズアップし、ニヒヒと笑いかけてくる金髪女。
だが残念だったな娘よ。
吾輩は今の暮らしにとても満足している。
何せ三食昼寝おやつにお嬢が付いているのだからな。
これほど優良な物件を手放す気には絶対ならないね。
というわけで、そんな自信満々な彼女の方からそっぽを向いてやる。
吾輩は今、お嬢が変なことに巻き込まれないか、この優れた耳と鼻で見張っておくのに忙しいからな。
目は届かないから使えないけど。
と、そんな風にして見せると、ものすごい腕力で頭をガシッと掴まれて強制的に振り向かされた。
「人の話を聞けぇッ!」
「わがんッ!?」
全く、強引なお嬢さんだ。
お陰で首の骨がゴキってなったじゃないか。
めちゃくちゃ首が痛い。
あとそんな間近で大声出さないでくれますかね、こちとら魔犬なんです、聴力が人間の比じゃないから下手すると鼓膜破れるのもっと繊細に扱ってくれたまえよ。
「わふ(あと何がなんでもお前の手下になるつもりは毛頭ない。諦めてくれ)」
言って、前足で彼女の顔面に触れて押し返す。
言葉が通じないならこうやって態度で示してやるほかないだろう。
全く、今日はよく変な人に絡まれる。
お嬢を守るのが吾輩の使命だというのに、その吾輩がイザコザを呼び込んでは元も子もない。
まあ、吾輩のこのスペシャルボディが羨ましくて欲しくなっちゃうのも致し方ないことだがね。
「むぅ、そんなに嫌か?
うちにはキメラだっているんだぞ?」
それがどうしたっていうんだ。
膨れっ面で言っても吾輩、聞く耳を持たないから無駄な交渉だよ。
「……うちに来れば、おっぱい揉み放題だぞ?」
彼女の台詞に、通りがかった何人かが反応してゴスロリ女の胸を凝視して一瞬だけ足を止める。
だが残念だったな。
生憎吾輩はそんな下品な脂肪の塊に興味はない。
吾輩の好みは掌に収まる感じの、ちょうどいい形と大きさとそして柔らかさと弾力を兼ね備えた美乳なのだよ。
そんな指が沈むような、ましてや歳を取れば垂れてしまうような脂肪の塊には興味ないね。
そっぽを向いて、再びお嬢の帰りを待って耳を澄ませる。
すると、お嬢が会計を済ませる会話が耳朶を叩くのがわかった。
さて、ようやくお嬢のお帰りか。
吾輩は店の扉を押し開けて出てくるお嬢に目を向けると、尻尾をパタパタと振った。
「わふ!(待ってましたお嬢!こんな女無視してさっさと帰りましょう!)」
それに続いて何やら怪訝そうな顔をして店の入り口を覗くスチパンゴスロリ女──を、吾輩が前足で蹴り飛ばした。
刹那、『何すんだこのやろ〜ッ!』という叫び声がドップラーして星になったが、この際無視しても問題ないだろう。
吾輩は満足した顔になると、お嬢の前で伏せて背中の上にその小さな体を乗せてやるのだった。
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