腹黒アリスちゃん
カニスの背中で気持ちよく昼寝ならぬ朝寝していたらなんか騒がしくなってきたので起きてみたら、なんか知らんがめっちゃ囲まれていた。
「……え、なにこの状況」
「……くぅん(すみませんお嬢、騒がしくしてしまって)」
俺の呟きに、カニスが申し訳なさそうに耳を垂れさせる。
……ふむ、よくわかんないし、そこに立っている怪しい少年に話を聞いてみるか。
まぁ、状況を鑑みるに──つまり、彼が剣を抜いているのを見るに、このペットをどこからか侵入きてきた魔獣だと勘違いしたこの少年がカニスを退治しようとして剣を抜いたところ、周りの人に止められて騒動に……と言ったところだろうけど。
俺はカニスの頭を撫でると、腕に巻いたリードを離して背中の上から飛び降りた。
「よいしょっと」
地面に降りると、怪しい金髪の少年が少し驚いた様な顔をしてこちらに人差し指を突きつけてきた。
「お、お前!
まさかあの魔狼の背中に乗っていたのか!?
もしやこの魔獣、洗脳の魔法が使え──」
「だから落ち着けつってんだろ、このバカ勇者!」
興奮してなにやら早口に捲し立てる勇者(?)の頭頂に拳骨を落とす青年。
インパクトした瞬間何やら硬い金属音の様な、ものすごい嫌な音が聞こえた気がしたが、果たして彼は大丈夫だろうか?
……ていうか、今この人勇者って言った?
「あぁ、すみません、騒がしくて。
私は……彼の従者をしているローエンと申します。
貴女が噂のアリスさんですね」
ローエンと名乗る彼の言葉にこくこくと頷きながら、頭を抱えて蹲る少年の方を見遣る。
すると、どうやらパーティメンバーらしい魔法使いの女性にIHをかけてもらっていた。
……あの魔法、ちょっと欠陥があるな。
俺ならもっと最適な術式を組めるのに。
(もどかしい……)
「お会いできて光栄です。
実は先ほど、うちのバカ勇者──アレンが騒動を起こしてしまいまして。
本当に申し訳ございません」
回復したアレンの首根っこを掴んで立たせて、強制的に頭を下げさせるローエン。
どうやら彼はこの少年の保護者的な立ち位置にいるらしい。
「ま、待ってくれローエン!
俺は何も悪いことは──」
「はぁ!?
お前何言ってるかわかってんのか!?」
「だから、洗脳を受けた可哀想な市民を救ってやろうと──」
「洗脳を受けてるのはお前の方だ、いい加減目を覚ませこのクソバカ勇者!」
「あっ!?
今バカにクソってつけたな!?
クソって付け足したな!?」
「あーうっさいうっさい!
いいからいい加減頭下げて謝れバカ勇者!」
「ごふぅっ!?」
言い訳の聞かない金ピカ勇者(?)にキレて、思いっきり鳩尾に鉄拳を打ち込み、強制的に頭を下げさせるローエン。
なんと横暴なやり方なんだろう。
今後絶対関わりたくないタイプだ。
彼ら二人のやりとりを見て、スッと後ろに一歩後ずさる。
するとそれに気がついた、先ほどアレンにIHを掛けていた魔法使いの女性が『すみませんすみません、ほんっとうにすみません!!』と何度も頭を下げてきた。
……うん、カオスだ。
絶対に関わらないでおこう。
──と思った矢先だった。
「それで、お詫びの印と言ってはなんですが、こちらをお受け取りください」
そう言って彼が取り出したのは、『人類同盟立勇者パーティ専属依頼用ID』とそして数字の羅列が記された一枚の紙だった。
「えっと、あのこれ……」
……え、いらんねんけど。
めっちゃいらんねんけど。
「もし何か困ったことがあったら、私たちに依頼をください。
アリスさんからの依頼であれば、どこにいてもすぐに駆けつける様にいたしますので」
……え、なにそれやばい怖い。
こっちの座標どうやって知覚するつもりなのこの人マジで怖いんだけど。
もしかしてこの紙に何か細工されてないよな?
と思い確認してみれば案の定、何やら大気中の魔力を振動させて弱い魔力の気流を発生させる魔法が仕込まれてあった。
簡単に言えばGPS機能ついてた。
……なにこれ、超怖いんですけど。
「すみません、それでは私たちはこれで」
ローエンはそう言い残すと、暴れるアレンを引きずってその場から退場していった。
「すみませんすみません、ほんっとうにすみません……っ!」
あの女の人も終始謝りっぱなしだった。
「……」
なんか、嵐みたいな人たちだったなぁ。
三人の声が聞こえなくなるくらい離れるまで見送ると、俺はすぐさま貰った紙をバラバラに破り捨てるのだった。
「……わふ(悲惨だなぁ……)」
⚪⚫○●⚪⚫○●
商店街の人たちに慰められ、慰められついでに色々とおやつを貰った俺たちは、食べ歩きながら家路に着く。
今日はもう、なんかあの三人のせいで疲れすぎた。
家に帰って、スヴィンが残してきた魔術の課題をしていた方が楽な気がする。
「わふ(お嬢、さっきは大変でしたね)」
「全くだよ。
あんな変な人に絡まれるなんて」
そういえば、あのローエンって人。
勇者のパーティとかなんとか言ってたけど、この世界にも勇者っていたんだなぁ。
「わふわふ、くぅぅん(関わらないほうがいいですよ、絶対。あのアレンとかいう金ピカ、ドッグキラーとかいう二つ名を持ってるらしいですからね。恐ろしいです)」
まじか、なんだそのクソダサイ二つ名は。
勇者にあるまじき名前だな。
「て、なんでそんなこと知ってんだよ」
「わふ(あのローエンとかいう男が言ってました。犬と見ればすぐに理由をでっち上げて叩き斬ろうとする癖があるらしいです。いやはや、恐ろしいですな)」
「へぇ」
商店街の大通りを抜け、いくつかの角を曲がって居住区に続く魔導街へ入っていく。
この路地に入ると、いくら嗅覚疲労して慣れているとはいえ、煤臭い匂いが一気に増してくる。
ちなみに魔導街とは、魔道具の専門店が建ち並ぶ区域で、簡単に言えば前世でいう電気街のようなものだ。
「お、アリスちゃん!
今日も散歩かい?えらいねぇ」
「ウィニスさんおはよう!
ちょっとお父さんの出張のお見送りに行ってたの!」
ウィニスとは、俺が愛用する魔法屋の主人の名前だ。
天パの赤毛にそばかす、少し太っちょな丸型の体型に、木綿のシャツとオーバーオールの青年で、とても優しく穏やかな性格をしている。
それに彼の営む魔法屋ニトロクリスは物価が安く、俺の小遣いでも色々なものが買えるというのも、俺が彼の店によく行く理由でもある。
「そうかい、そりゃ寂しくなるねぇ。
そういえば、昨日いい霊圧アンプと魔力オイルが入ったんだけど、見ていかないかい?」
「え、ホント!?」
これから帰るつもりだったが、そういう事ならついでに何か買っていくのも悪くない。
俺はカニスの上から飛び降りると、邪魔にならないところで待てをさせて店の中に入った。
店内は普通の電気屋さんのように、色んな陳列棚にさまざまな商品がラッピングされて並んでいた。
一番よく目立つのが、あらゆる魔道具の電池として使われる高圧水蒸気ボンベと魔力オイルだ。
この世界では蒸気機関が発達したことから、ほぼあらゆる道具の動力源に蒸気機関が使われている。
実は、それは魔道具も同じで、蒸気機関によって少ない魔力で通常以上の効果を発揮させる仕組みが、ほぼ全ての魔道具に共通して現れている。
簡単にその仕組みを説明すると、こんな感じ。
まず、高圧の水蒸気ボンベから水蒸気が高圧噴射される。
その勢いでタービンが回り発電、変圧器に掛かって高電圧となった電気が魔力オイルに流れ、オイルを分解させて魔力を抽出させる。
抽出された魔力はそれだけでは弱いので、魔法の出力である霊圧──電気でいうところの電圧を増幅させるために、真空管アンプならぬ霊圧アンプにかけられて霊圧を増幅させられる。
霊圧を増幅させられた魔力はそのまま導線を通ってバレルに侵入し、魔法陣が刻まれたプレートであるレコードに叩き付けられる。
すると魔法陣に反応した魔力が魔法を発動する──という仕組みだ。
ちなみにここで使われた水蒸気ボンベは空薬莢みたいに排出され、また水蒸気を高圧に充填させることで再度使用が可能になる。
これが大まかな、この世界での魔道具の共通した仕組みだ。
霊圧アンプとはつまり、少ない魔力でも魔法を通常通りに稼働させることができるようにするための装置だな。
これによって、この世界は魔法とスチームパンクが両立した世界になっているのだろう。
ウィニスの後をついて、まずは魔力オイルの並ぶ陳列棚に到着する。
するとその棚の中央に、大きく見出しがされている商品が見つかった。
「もしかして、いい魔力オイルってこれのこと?」
『500ml高圧魔力オイル、2,000SP対応!』と書かれたそれを指差しながら、ウィニスの方を見上げる。
「そうだよ。
最新型はこの十五割対応できるらしいけど、今はうちの店ではこれが最高だね」
SPとは、ちょっとややこしいがボンベの数を指す単位だ。
スチームポッド、略してSP
基準となるサイズのボンベ──大体銃の薬莢のサイズで言うと38口径──一本で100SP。
魔道具で一回魔法を使うのに必要なのが100SPなので、この魔力オイルは一本で二十回も魔法が使える計算になる。
ちなみに俺が普段使ってる魔力オイルは1,500SP対応なので五回も割増で使えるようになる……のだが。
俺はそのオイルが入ったシリンダーを手に取ると、その両端についてるプラグを確認した。
このプラグにはいくつか種類がある。
この種類によっては、魔道具のオイルを取り替えできるものとできないものがあるのだ。
簡単にわかりやすく言えば、プラグの形そのものが違うから、使えるものと使えないものがあるんだ。
「アリスちゃん、今使ってるのってうちのレモネード社製の四世代バレルだっただろ?
この魔力オイルも同じくレモネード社製の四世代から六世代まで対応してるやつだから、もし新型のに乗り換えても十分使えると思うんだ」
説明を聞いて、悩む。
正直、ほしい。
めっちゃほしい。
「でも、お高いんでしょ?」
両手の指を組んで、上目遣いに尋ねる。
高いものを強請る時とか、交渉毎でこれをやるとこの人大体負けてくれたりするからな。
決してぶりっ子をしてるわけじゃあない。
これはかわいいを利用した高等なテクニックだ。
汚いとか言ってくれるなよ?
某テレフォンショッピングさながらなセリフを紡ぐ俺をみて、ウィニスは『ハハッ』と少し乾いた笑みを漏らした。
「そうだね。
普段なら八千ギル、と言いたいところだけど、常連のアリスちゃんだからなぁ。
……もう一つ、オススメの霊圧アンプを買ってくれるなら、四割負けてやってもいいかな?」
四割か。
かなり譲歩したな。
でも、これで四千八百ギルまで値下げしてもらったし、結果は上々ってところかな。
それに、小遣いはまだ少しある。
流石にあの値段のまま買うとアンプも買えなくなっちゃうかも知れなかったし……。
「じゃあ、そのアンプも買って、実際に使うところまで見せることを条件に、もう一割ってのはどう?」
でも、安くできるならできるだけ安く買い叩く方がお得だよな!
「ははっ、全くアリスちゃんは口が達者だ」
「やった!
ウィニスさん大好き!」
肩を竦める彼の懐に抱きついて、次回安くしてくれるための投資をする。
ちょっと油臭い臭いが鼻を通すけど、それはまあ、辛抱ということで。
こうして俺は、彼のオススメを双方五割引きで買い叩くことに成功したのだった。
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