カニスと勘違い勇者(笑)
吾輩の体はとてもデカい。
どれくらいデカいかって、小型の馬くらいのサイズがある。
体重も普通に百キロオーバーだし、本気で走れば軍馬よりも速い。
そして威圧感もすごい。
軍馬の比ではない。
全力疾走した後のあの軍馬から上がる湯気、その中で見る厳ついギラギラと闘志に溢れたあの円な瞳を見たことがあるか?
吾輩、本気出せばそれを上回る威圧が出せるのだ、どうだすごいだろ?
むしろ軍馬の方が慄いて逃げるということまである。
なにせペットとはいえ魔獣だからね。
そこに蓄えられた魔力は、お父さんとお嬢による訓練やらで、ちょっとした魔物程度なら簡単に捻り潰せるくらいには成長してるからね。
だから、そんな巨大な犬が──前世日本で祖父のもとで共に暮らした、あのサモエドという犬種に似た巨大な魔犬が幼女を背中に乗せて街中を歩けば、普通は注目の的であり、さらに畏怖の対象でもあるはず……なのだが、そんな景色が日常と化したここグランドストーンでは、もはや名物の一つになっていた。
この世界に転生する前、何年か前にテレビでワニをペットに買う少女が話題になっていたが、今の吾輩は、おそらくそんなポジションにいるのだろう。
前世願ったペット生活ではあるが、まさかこんなことになるとは思いもしなかったな。
「いやぁ、今日もでかいねぇ、カニス君。
ほれ、ジャーキー食うかい?」
「わふ(ありがとうございます)」
ここのジャーキー、歯応えがあって塩味が強くてうまいんだよなぁ。
庶民的なうまさというか、骨の近くの肉で味が濃いのがとてもいい。
このサイズになると、舌はちょっぴり鈍感になるからね。
まあ、体感の話だけれども。
「俺の肉団子も食っていかねぇか?」
「わふわふ(いつもいつも、どうもすみません)」
いつも思うけど、このフレーズちょっと嫌らしいよね。
いやいや、決して吾輩にそういう趣味があるわけではないのだが。
吾輩、お嬢一筋なので。
や、ロリコンというわけではないぞ?
……というわけで、こうやって道路脇の屋台の人たちがこんな風に餌を投げてくれるのも、いつもの風景なのである。
お陰で我が家の餌代が多少浮いて、とてもありがたい。
……まあ、このリードについてる念話の魔道具の効果はお嬢限定でしか発揮しないから、吾輩の言葉が商店街の人たちに伝わることは無いのだが。
いや、ひょっとするとニュアンスくらいは伝わっているのかもしれない。
伝わってたら嬉しいな。
毎日感謝してるし。
そんな微笑ましい空気で街を行く中、突如吾輩の前に立ち塞がる男の姿があった。
「おい、そこの魔獣!」
金色の髪、金色の板金鎧、金色の額当てに金色の剣と金ピカ尽くしの青年……と呼ぶには些か幼い風態の少年だった。
「わふ?(何の様だ?)」
もしかしてお菓子でもくれるのかとも考えたが、語調を鑑みるにどうもそういう感じでもないらしい。
それどころか、少し怒っている様な?
吾輩は見たことも嗅いだこともない人間に少し警戒の色を見せながらも、しかし敵対すると面倒くさそうなのでという理由でかわいらしく首を傾げて見せた。
ほーら、吾輩は無害なペットですよー。
わんこですよー。
わんわんでちゅよー。
と、思ったのも束の間。
彼はものすごい剣幕で怒鳴りつけてきたのだ。
「貴様、誰の許可を得てそんなデカい面して街を歩いている!
街の人たちが怖がっているだろうが!」
「わふ!?(な、なんだって!?)」
予想外の声のかけられ方に、思わずあんぐりと口を開いて驚いてしまう。
まさにアクロバティック勘違いとはこのことだ。
それにしても一体なぜだ。
吾輩、さっきまでこの街の人たちと友好的だったではないか。
一歩歩けば屋台の人たちが躍り出ておやつをくれる。
一歩歩けばまた別の屋台の人たちがおやつをくれる。
まさにおやつのオンパレード。
こっちは代わりに毛皮を撫でさせてやったりもしているのだぞ?
もふもふも許可してる。
気持ちいいから。
今はお嬢が寝ているからあまり大きく動くことはできないが、それでも料金分のお返しはしているつもりだ。
そんなウィンウィンな関係のこの状況に、よもや街の人が怖がっているだと?
どんな思考回路が脳味噌に刻まれれば、そんなイタい発想ができるんだ?
「一歩歩けばよだれを垂らし、これからお前を食うぞと言わんばかりに威嚇して、また一歩歩けば食われたくなければ供物を寄越せと威嚇する!
街の人たちも怖くてお前のいうことを聞かざるを得ない状況だ!
みんな笑顔でも、内心きっと怖くて震えているに違いないではないか!
そうだろう、皆!?」
「わ、わふぅん!?(なんというご都合主義的解釈!?)」
さながら、街を襲ったドラゴンか何かから救おうと啖呵きった、勇敢な英雄でも演じている様だ!
実際はペット相手に木の棒を突きつけて勇者ごっこをする小さな子供なのだが!
なんと滑稽なんだ、この勇者(笑)は!
驚きすぎて、一周回って面白いな、この人。
面白すぎて、面が白くなったわ、元から白いけど!
けれど賢い吾輩はここでぐっと笑いを堪えるのだ。
ここで笑ってしまえば、相手を逆上させてしまうだけだからな。
どうだ、吾輩優しかろう?
最後におまけとばかりに、確認するかの様に芝居がかった台詞で同調を求める勇者(笑)。
しかしそんなイタい姿を見つめるのは、同じくイタい視線だった。
そんな彼に、さっき肉団子をくれた主人が前に躍り出て口を開いてくれた──
「あのなぁ兄ちゃん。
この犬はカニスと言ってだな──」
──のだが。
「皆まで言うな!
皆まで言う必要はない!
俺はわかっている!諸君らの心の奥底に秘められた恐怖を!」
もう恐怖が秘められているのは勇者(笑)の方なんじゃないかな。
吾輩、だんだんそんなふうに思えてきたよ。
きっと彼、犬が怖いんだよ、絶対。
芝居がかった身振りで片手を突き出し、もう片方の手を額にやって俯きながら、その陰からこちらを睨みつける勇者太郎。
なんだろう。
そうとわかるとめっちゃからかいたくなってきたんですけど。
「ええい、こうなれば致し方ない!
ここで俺が貴様を成敗してくれる──」
──と、そんなことを考えていると、彼の後方からどうやら勇者(笑)の従者らしい二人組の男女が、名前を呼びながら駆けつけてきた。
「アレン様ぁーっ!ちょっ、ちょっと待ってくださーいっ!」
「むっ、リーシャ!
邪魔をするな!
俺はこれからこの街に潜む邪悪な魔狼を──」
「だから待ってくださいって──」
「落ち着けバカ勇者!」
リーシャと呼ばれた女の方の静止も聞かず、剣を抜いて攻撃を仕掛けようと再度こちらを向く勇者(笑)を、寸でのところでその頭に拳骨を振り下ろした人物がいた。
「痛っ!?
何するんだローエン!」
「イタいのはお前の方だバカ勇者!
この犬はこの街に暮らすトルソン家のペットで、この街の観光名物でもあるカニスだ!
犬と見れば理由をでっち上げて突っ走って叩っ斬ろうとするその悪い癖をいい加減治せバカ!
これだからお前はドッグキラーだのかっこ悪い二つ名をつけられるんだ!」
……え、ちょっと待って今聞き捨てならないワードが聞こえてきたんですけど????
ドッグキラーだって?
な、なんつぅ恐ろしい二つ名を持ってやがるんだこの悪党!?
「なっ、ば、バカだと!?
この俺がバカだと言ったのか、しかも三回も!?」
「よく数えてたな、バカ勇者。
記憶力と観察力だけは褒めてやる」
「なにを!?
俺は剣も魔法も超一流だっつうの、舐めんな!」
「だからバカだって言われるんだよ、いい加減気付けバカ勇者が」
な、なんか愉快なグループだなあ、この三人組。
リーシャとか呼ばれてた娘はなんかあたふたしてるし、だんだん人が集まってきたし、騒がしくなって──っと、まずいな、こんなに騒がしくしてたらせっかく気持ちよく寝てる最中のお嬢が起きちまうじゃないか!
と、思ったのとほぼ同時。
吾輩の背中の上でゴソゴソと蠢く感触がして、どうやらお嬢が目を覚ましたらしい事に気がついた。
「わ、わふっ!?(お、お嬢!申し訳ございません、眠りの邪魔をして!騒がしかったでしょうか!?)」
唐突に鳴き声を上げて後ろを振り返る吾輩に、その場にいた野次馬が一斉に騒ぐのをやめて、こちらに注目したのが痛いくらいにわかった。
そしてその視線が、ひょっこりと頭を持ち上げた銀髪碧眼の我が主に向けられているという事実も、痛いほど伝わってきた。
「……え、なにこの状況」
……お嬢、ごめんなさい。
なんか吾輩、変なやつに絡まれちまった様です。
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