パパん、しゅっちょーする。
俺の名前はアリス。
引きこもってたらいつの間にか親が死んで、いとこにボコされて家を追い出された先で、気がついたら異世界にTS転生させられていた元男だ。
容姿は母親似の銀髪碧眼に父親似の吊り目で、自分でも結構な美少女に生まれ変わって嬉しいような悲しいような。
乳幼児期の記憶はあまりない。
なぜか知らんがずっと病院みたいなところに流されていた事だけはなんとなく覚えているが、記憶がおぼろげだ。
そんな俺も今年で十歳になった。
誕生日パーティの習慣がないからか誕生日がいつかはわからないので数え年だが、それでも立派に、いわゆる神様の子供とよばれる死亡率の高い七年間を生き延びて今に至る。
俺が転生したこの世界は、剣と魔法の中世ヨーロッパ風と王道なもの……だったら、こっちもチートのしがいがあったのだが、もっと先の時代だった。
蒸気機関が発明され、さらにそれに伴うあらゆる作業の機械化が行われた第二次産業革命あたりの時代感。
そこに魔法技術が加わってどこかモダンな雰囲気のある時代である。
これでは俺も知識チートが難しいかもしれない。
そんな蒸気と魔法で動く、やや炭臭いレンガの街を父と並んで歩く。
彼の名前はスヴィン。
魔術講師だ。
なんでも元宮廷魔導師だったらしいのだが、なぜ辞めたのかは聞かされていない。
そんな父親の隣を歩く俺を挟むようにして歩くのは、巨大な白い犬──の魔物で俺のペット、カニスだ。
なんでもダイアウルフという魔物が家畜化されたものから派生した種らしいが、詳しいことはよくわからない。
とりあえずめっちゃデカくてもふもふで人懐っこいやつということは知っている。
「ねぇ、お父さん」
「なんだ、アリス?」
シルクハットの影からこちらを見下ろすスヴィンに、ふと気になって話しかける。
ちなみに俺の方はと言えば、外出用の茶色い木綿のドレスエプロンとレザーのコートに着替えている。
「隣の領まで行くんだよね?
どんなところなの?」
転生してこのかた、俺はこの街から出たことがない。
この街は煤の臭いでいつも焦げ臭いが、もしかすると別の土地はそうでもないかもしれないし、絶景とか見れたりするのかもしれない。
生前から風景画とかそういうのを見るのが好きだった俺は、ちょっとだけ期待を込めてそんなふうに尋ねたのだ。
「そうだな。
これからお父さんが行くのはロナウド領のロナウディアという港町で、エスカベーシュで有名なところだな」
「えすか……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
……え?
何おっさんがかわいこぶってるんだって?
ちげぇよ、そんなつもり毛頭ねぇよ。
こちとらまだこの世界にきて十年しか経ってないんだ。
知らない単語があっても仕方ないだろ?
それに──
「エスカベーシュ。
焼き魚料理の事だ、帰ってきたらお土産で作ってやろう」
「やった!」
焼き魚かぁ!
そういえばまだこの世界では食べた事なかったなぁ。
美味よなぁ、焼き魚。
特に釣りたての魚をその場で塩を振って焼いたりとかすると絶品で……!
話を聞いて、無意識にガッツポーズする俺に、苦笑いを浮かべるスヴィン。
「こら、女の子がそんな動きをするのははしたないぞ。
もう少し清楚に振る舞いなさい」
「……はい」
スヴィンに窘められて、振り上げていた手を下ろす。
──こういう風に父が身振り手振りに煩いから、自然と淑女らしい素振りが身に染みてしまうのだ。
だから、決してかわいこぶってるわけじゃあない。
マジで。
……それに、出来るだけ親の言うことは聞いてあげたいし。
あの日、親の訃報を聞いてからいつも思う。
今こんな風に接していられるという現実が、どれだけ幸せなことだったのかということを。
親孝行したいと思った時にその親がいないのは、どれだけかなしいのだろうかということを。
でも、もう今度は失敗しない。
絶対に。
そんなこんなで蒸気をあげる路面列車を横目に大通りを進み、数分。
二人と一匹は、巨大な煉瓦造りの駅に到着した。
やっぱり、この駅はいつ見てもデカい。
見た目は東京駅によく似ている。
シックでモダンで、そしてパンク。
蒸気と魔法の世界よろしく、屋根に付け加えられた煙突からはもうもうと煙が立ち上っていて、駅入り口の広いポーチ屋根には、大文字で『グランドストーン駅』と飾られている。
「アリス、ここでお別れだ。
帰りは早くても一ヶ月先だが、それまで健康に気をつけて過ごしてくれ」
駅前で身を翻して膝をつき、スヴィンが俺とカニスを胸に抱くようにして背中に腕を回した。
「うん、わかってる。
お父さんも、風邪とかしないようにね?」
「ああ。
……カニス、アリスのこと頼んだぞ」
「わふ!」
カニスの元気な返事に口元を緩めて、背中を叩いて立ち上がる。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい!」
こうして、アリスによる父スヴィンの見送りプレゼンツが終わった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
スヴィンの姿が見えなくなって、ふぅ、と大きく息をついた。
「あー、やっと猫が脱げる……」
我ながら特殊な言い回しだとか考えながら、カニスの背に倒れ込んだ。
「わふわふ(お嬢、お疲れ様です)」
「おー、お前もなぁ……」
頭の中に直接届いてくる機械音声とカニスの鳴き声にねぎらいの言葉をかける。
ちなみにその機械音声は念話という、いわばテレパシーの魔法の応用によって、動物との対話を可能とする魔道具がカニスの台詞を翻訳したものだったりする。
詳しい説明をすると長くなるので割愛するが、スヴィンが七歳の誕生年プレゼントに作ってくれたものということだけは言っておこう。
伏せをしたカニスの上によじ登って、念話の魔道具が付属されたリードを握って座る。
もふもふの毛皮がまるで上物の絨毯のようだ。
「わふ(それで、次はどこへ行くんです?お嬢)」
首をこちらに向けて尋ねるカニス。
どうやら彼はまだ散歩を終わらせる気はないらしい。
……それに、俺が素でいられるのも家族の見ていない間だけだしなぁ。
「んじゃあ奥のギルド前広場までぶら〜っと歩きますかねぇ……。
でも俺は疲れたからちょっと寝かせて……」
落ちないようにリードを腕に巻きつけて固定しながら、ふかふかのカニスの首に両腕を回して身を委ねる。
……あぁ、だめ。
極楽だ……。
目を閉じれば広がるのは、極上の生態布団。
天井の雲に勝るとも劣らぬ、至極の毛皮……。
「わふわふ……(まったくお嬢は、呑気なんだから)」
背中の上ですっかり寝息を立て始めたことに呆れながらぼやくと、仕方がないとばかりに先ほど渡ってきた大通りをUターンするカニスであった。
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