休養
あれから俺は、2日ほど入院した。
それによって演算回路は大部分が修復されたようだが、それでもやはり完全とはいえないらしく、退院後しばらくは、暗黒形式の魔法を使わないようにと言いつけられた。
ちなみに暗黒形式というのは、中世暗黒時代、つまるところこの世界で、まだ魔王と勇者が存在し、人類と魔族が戦争をしていた時代に使われた魔法の使い方のことらしい。
どんな使い方かというと、まぁ要するに、魔導具を用いずに魔法を使うことがこれに相当するそうだ。
これに由来する言葉で暗黒主義なんて言葉もある。
これについては、以前ウィニスがウィルさんに話していたのをチラリと聞いたことがあるワードだったが、つまるところ、暗黒主義とは、暗黒形式の魔法の使い方を好む人のことの様だ。
イメージとしては、レトロ好きみたいな感じなのだろうか。
よくわからないけど。
閑話休題。
それで、ここからが本題なのだが、入院中こんな話があった。
いくつかあるけどまずは一つ、フラッペンとアリアがお見舞いに来てくれたことから。
この二人が誰よりも早くお見舞いにやってきてくれた。
2日前に退院したばかりなのにという話をすると、どうやらそもそも入院していたわけではなく、フラッペンはといえば騎士団の詰所でしばらく休んでいるうちに回復したし、アリアはといえばそもそもタルタロスの影響を受けていない様だった。
『そうなんだ……良かったぁ……』
もし俺のせいで何かあったらと思うと、少し顔を合わせ難かったので、これに関してはホッとした。
『バカね、貴女が罪悪感を抱く必要なんてどこにもないのではなくて?
責める相手がいるなら、それは貴女ではなくあの巨乳チビよ』
それから、その後の話を聞いた。
俺が暴走して、気を失った後のことだ。
あの時、俺は感情が魔力に乗って外界にダダ漏れになっていたそうで、軽い魔力嵐が起きていた。
その影響で一時フラッペンは文字通り茫然自失となってしまったが、それからは特に異常はなかったという。
おそらく、それがタルタロスの効果なのだろう。
周囲の魔力を根こそぎ吸い取って演算回路に負荷をかけ、頭の中のイメージを全て具現化していく。
もし使いこなすことができれば強力な武器にはなるが、死の危険があるとなるとそう簡単には使えないなぁ。
その後はヌィアールさんが事態に気付いて、いろいろ対処してくれたらしい。
彼女へのお礼は、ちゃんとお見舞いに来てくれた時に済ませられたのは幸いだった。
それからクロエちゃんについて。
俺が目を覚ました次の日、ウィニスさんがやってきて教えてくれたことだが、どうやら彼女は活動を休止してしまっているらしい。
原因はおそらく、彼も巻き込まれたのだろう、あの猫が俺に掛けた呪い──タルタロスのせいだ。
魔力嵐の対策なんてしてなかったしなぁ、こればっかりは悔しいが仕方ない。
修理する時はこの点を改善することにしよう。
というわけで、現在は騎士団の詰所から受け取ってもらい、彼の店で預かってもらっている。
なので退院後はニトロクリスに行って、今の自分が修理できないかどうか試してみるつもりだ。
それから、ウィニスさんと一緒にウィルさんもお見舞いに来てくれた。
せっかく来てくれたのにオートマトンのお披露目はもう少し後になりそうという話をすると、彼は笑って了承してくれた。
『そうだ、どうせ退院後もしばらく休養が必要なんだろ?
だったら、それを兼ねて、うちのプールに来ないか?
よければお友達も誘って、な?』
そしてついでにそんな誘いもしてきた。
相手はこちらのスポンサーでもある。
断るのが難しいお誘いだということをマリアに話せば、彼女に目を見開かれつつ『そういう大事なことはちゃんと話しなさい』と怒られた。
というわけで、退院した今日。
フルベルトから出ている臨時の駅馬車に乗って、休養という名目でウィルさん──というよりも彼の実家が運営するプールへと遊びに来ていた。
「夏だ!海だ!海水浴だーッ!」
「わふわふわふぅーーーぅん!!(でもお嬢、ここプールですけどねぇーーーーっ!!)」
カニスの上にまたがって、タイル張りのプールサイドまで駆け寄り、片腕を降り上げて大声を上げる。
気分はまさに絶好調。
小学生以来のプールに心が跳ねて跳ねて跳ねまくり、テンションは限界突破していた。
「エレガントじゃないわね……」
そんな俺の後ろを、呆れた様な顔をしながら追いついてくる二人の人影があった。
「あはは、本当だね……」
ぽてっ、とカニスの背中に仰向けになりながら背後を確認すると、そこには水着姿の黒髪灼眼の美幼女アリアと、同じく水着姿のフラッペンの姿が見えた。
「ほうほうほう、いいですなぁ、眼福ですなぁ!」
アリアちゃんの水着は黒地に小さな白の水玉模様が描かれたビキニ姿で、小さな胸元が大きなフリルで覆われていてとても可愛らしい。
一方でフラッペンはといえば、シンプルな青のビキニを身に纏っていて、そのシンプルさ故にその巨大な胸部装甲が大きく強調される形になっている。
そんな風に二人の水着を評価して『眼福』の一言でまとめ褒めると、アリアは『うっ』と呻いて、なぜか胸元を両腕で隠しながら後ろ足を引いた。
「貴女、その評価の仕方はエレガントじゃないわ、むしろオジサン臭いわよ?」
「でも、可愛いのは私も同感だなぁ。
アリア、ちっちゃくて小動物みたいだもの」
「やめて、貴女にそれを言われると背筋がぞわぞわするわ」
そんなやりとりに満足そうに笑顔を浮かべてみる。
付き合いといえば、フラッペンとは駅で迷子になったのを助けてもらったのと、今回の騒動での2回。
アリアに至ってはあの騒動の1回だけだというのに、よく話に乗ってくれたと思う。
それに見舞いにもいち早く駆けつけてきてくれたし、ホント、いい子だよマジで。
……まぁ、もしかすると『今回の騒動に巻き込んじゃったお詫びも兼ねて』と言ったのが、功を奏したのかもしれないけど。
……これ、ウィルさんのお金で来てるんだけどね、うん。
絶対お礼言わないと。
──と、そんなことを考えていると、向こうのほうからウィルさんとマリアが歩いてくるのが見えた。
「あっ、お母さんとウィルさん!」
一緒に更衣室の方からやってきたことが、少しだけ不穏な印象を与えたが、それは流石にエロゲのやり過ぎだと自重して、快活な自分を演じながらカニスの足を向かわせた。
マリアは全身を白いビキニで包んでいた。
デザインはシンプルで落ち着いており、小さな胸が相まって、まだ高校生くらいに見える。
「あらあら、そんなにはしゃいでいたら、また封印が解けるわよ?
ドクターも今回は少しきつめに施術してくれたけれど、注意しておかないに越したことはないわ」
マリアの言う通りだ。
確かに、それなりに強く封印を施してもらってはいるものの、はしゃぎすぎて心拍数が上がり、また呪いが発症してしまってはせっかくの治療が無駄になる上、また死んでしまいかねない。
……DI魔法を掛け直したとか言ってたから、よくよく考えると俺、あの時一回死んでたんだよなぁ。
そう考えると、ブルブルッと体が震えて鳥肌が立つのを感じられる。
「まぁ、マリアさん。
ここには休養で来てるんです、万が一の事を考えてこちらも彼女の主治医を呼んでありますから」
「でも──」
そんなことを言われても──仮に死んでも生き返られるから、などと言われても、親心としてそれを容認するのは難しい話だろう。
それに、もし発症すれば治療期間が延びてしまう。
そうなると俺が魔導具制作にかけられる時間もその分短くなってしまいかねない。
なぜなら俺は魔道具制作を──というより、今回の課題であるオートマトンの作成を、自分の部屋だけで、特別な機材のほとんどを自力の魔法で代替しているのだ。
工房と機材さえあれば、その点での懸念は無くなるが、しかしなくなったところで死の危険を憚らない理由にならない。
彼女の頭の中で葛藤が生まれる。
これを解決させる手段は、俺には一つしか思い浮かばなかった。
「大丈夫だよ、お母さん」
マリアに笑いかける。
「ちゃんと気をつけるから」
そうだ、自分さえ気をつけていれば呪いが発症する事はないのだ。
そんな風に答えて見せると、少しだけ不安そうな顔を浮かべながらも『そうね……』と呟いた。
こうして、俺たちはプールで遊び始めるのだった。
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